第171話:見知った顔と、譲れない怒り
地下施設で保護した素体たちの、顔に張り付いた白黒の仮面をひとつずつ外していく。
その中で、最後まで残っていた三人の仮面が外れた瞬間。
現れた顔を見て、俺は一瞬だけ手を止めた。
見知った顔だった。かつて俺が所属し、そして抜け出したパーティー、【神創の覇星】の女三人だった。
かつてトップクラスだった美貌は、見る影もなくなっていた。肌は荒れ果て、その目はひどく虚ろだ。
仮面が外れ、ゆっくりと意識が戻ってきた三人の視線が、俺を捉えた。
「ひいぃっ……!」
俺と目が合った瞬間、三人は何かに怯えるように身を縮ませ、ただただ震え始めた。声にならない悲鳴を上げながら、床を這って後ずさろうとする。
そして、石畳の地面がみるみる何かで濡れていく。極限の恐怖と混乱が、彼女たちの理性を完全に破壊していた。
俺はそれを見て、小さく息を吐いた。
「……」
足元に向けて、淡々と【浄化Lv1】を展開する。
一瞬で汚れも匂いも消え去り、元の乾いた石畳に戻った。
『……ひどい状態だね』
『かつてあれだけ人を見下していた彼女たちが、今は恐怖のあまりこんな姿を晒している』
『自業自得だと言えば、それまでなんだけどね』
『でも……ここまで完全に壊れていると、怒りより先に哀れさが勝つかな』
三人は、何も起こらなかったかのように綺麗になった床と俺を交互に見て、何かを言おうと口をパクパクさせているが、言葉が出てこないようだった。
俺は静かに、ただ一言だけ声をかけた。
「……生きてたんだね。よかった」
責める気はなかった。怒りも、説教も、もう必要ない。
その言葉に、三人の目から大粒の涙が溢れ出した。
しかし。
「……師匠」
ブラムだった。地を這うような、低い声だ。ブラムの拳は血が滲むほどに固く握りしめられ、ただただ純粋な怒りによって激しく震えていた。
「あいつらを、助けるんですか」
そして隣では、ロッテが顔面を蒼白にして立ち尽くしていた。かつてダンジョンで背後から味方に魔法を撃たれ、冷たい死を覚悟した時の生々しい記憶がフラッシュバックしているようだった。
ロッテが、絞り出すような震える声で言う。
「……師匠。私たちはあの人たちに、殺されかけました」
俺は二人を静かに見た。
「……知ってるよ」
「なら!」と、ブラムが堪えきれずに叫んだ。
「なんで助けるんですか! あいつらは被害者じゃない。自分で選んだんだ!」
「……選んだのは本当だよ。でも、利用されたのも本当だよ」
「師匠は甘すぎます!」
「そうかもしれないね」
ブラムが、ギリッと歯を食いしばる。
「……師匠が抜けた後、俺はあいつらにダンジョンで一人にされて、背後から追い打ちをかけられた。本当に、死ぬかと思ったんだ……!」
「……ごめん」
ブラムが、予想外の謝罪にハッと息を呑んで固まった。
「俺が育てたんだよ」
俺は静かに、包み隠さず言った。
「あの時、リーダーに色々任せていたのは事実なんだ。そうすることで奴が育つと考えたからだけど……それが失敗だった」
三人を見る。
「彼女たちまで、あいつの影響で性格が悪くなってしまった。……すまん、俺のせいだ」
『……しかも、どうしようもなくなって、見捨てられ追放って言われた時』
『解放された、ラッキーって思ったのも事実なんだけどね』
重い沈黙が落ちた。
その時、エリーゼが静かに歩み出た。
「……旦那様を、責めないでほしいわね」
エリーゼはブラムとロッテの前に立ち、静かに告げた。
「わたくしたち3人も、ギルドが旦那様に押し付けたパーティーなのよ」
俺が慌てて止めようとした瞬間、背後からサンネにガシッと羽交い絞めにされた。
「それ言っちゃダメぇ!」
「……っ、サンネ!?」
身動きが取れない俺を見て、エリーゼが笑顔のままピシャリと言う。
「……諦めてくださいな、旦那様。事実ですし」
ミラも大きく頷いて言葉を繋いだ。
「そうなんだゾ! でも、あの時ボロボロだった私たちを助けてくれて、ボスには本当に感謝しているんだゾ!」
ブラムが目を丸くした。
「……路頭に迷って、誰もパーティーメンバーにしてくれなかったわたくしたち三人を、ちょうどソロになった旦那様に、受付が面倒を見てほしいと頼み込んだの」
サンネが静かに頷き、ミラも「そうなんだゾ」と同調する。
「後からギルドで聞いたのだけれど……旦那様は今まで、トップランカーの大半を育て上げているのよ。それもみな、ギルドからの強制依頼で」
エリーゼが、倒れている三人へ視線を向けた。
「あのパーティーも、そうだったのよ」
ブラムの拳から、ふっと力が抜けた。
「……そうだったんですか」
ロッテが、小さく震える声で言う。
「……頭では、分かります。師匠が理不尽な状況で苦しんでいたことも」
ロッテが一呼吸置く。
「でも……それでも、私はまだ、あの人たちを許せないんです」
俺は静かに頷いた。
「許さなくていいよ」
「……これだけは譲れません」
「……そうだね。でも、もう一度だけ道を残してやりたいんだよ」
ブラムが、長い間、俯いて黙っていた。
「……俺は納得してないですよ」
「知ってるよ」
「でも……師匠がそう言うなら」
ロッテも静かに目を閉じて、小さく息を吐いた。
「……師匠の判断に従います」
◇ ◇ ◇
後で。
エリーゼが静かに俺の隣に並んだ。
「……旦那様は、優しすぎますわ」
「……育てられなかったのは、俺の責任でもあるからね」
エリーゼが少し間を置く。
「……それは違いますわ」
ヘンドリックは答えない。
エリーゼが静かに続ける。
「でも……そういうところが、旦那様なのですわね」
沈黙。
「……そういうところが」
エリーゼはそれ以上何も言わなかった。
『……エリーゼさんに言われると、困るんだけどね』
『でも、庇ってくれたのは嬉しかったかな』
『……悪くないかな』




