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レベル1を35個持ったおっさん、有能すぎて美女三人に包囲される〜レベル10大火力至上主義の世界で裏方が最強だった〜  作者: よっしぃ@書籍化


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第169話:出発の朝と、止まらない土の精霊と、王都に残る影

 出発の朝。


 イリスは夜明け前から動いていた。全員分の携行食を完璧に用意している。ダンジョンでも食べやすい形、保存が効く形、栄養も考えられている。


 俺が起きてきて、その光景を目撃した。


「……これ、全員分?」

「はい、閣下。道中のお食事です」

「……いつ作ったのかな」

「昨夜から」


『……この人、寝てるのかな』

『聞かない方がいい気がするんだけどね』


 魔王が起きてきて弁当のにおいを嗅ぐ。


「……なんだこれ」

「閣下のお連れ様の分もございます」

「……別に礼は言わないが、もらう」


 闇の商人が泣きながら受け取る。


「……行軍中にこんなものが食べられるとは……」


 ◇ ◇ ◇


 出発準備中。


 土の精霊がうろついている。イリスが荷物を整えている。


 土の精霊がイリスに近づく。


『……ふむ』


 イリスは気づいていないように見えた。


 ベローン。


 全員が固まる。


 イリスが振り返る。怒っていない。笑顔のままだった。


「……後でお仕置きですね」


 土の精霊が調子に乗る。


『怒らないのか! では我輩の勝ちじゃぞい!』


 静かに、白黒の石が一つ、イリスの指先から飛んだ。


 土の精霊に当たった瞬間、内側で何かがひっくり返る。


 土の精霊がその場でコマのように回転し始めた。


『ぐわわわわわ!! なんじゃこれは!!』


 止まらない。ぐるぐるぐるぐる。


 全員が固まって見ている。


 イリスが静かに言う。


「……終わりましたか?」


 土の精霊がよろよろと止まる。


『……相手を間違えたようだ』


 エリーゼが静かに目を細める。

「……イリス、あなた、思ったより怖い子ですわね」

「……閣下への献身ですので」


 サンネが腕を組む。「……ヒエラルキーが変わった気がする」

 ミラが震える。「イリス、こわいんだゾ……」

 魔王が少し距離を置く。「……アタシは関係ない」


 闇の商人が静かに呟く。

「……インキュバスを倒した時より怖い」


『……イリスさん、生産系だと思ってたんだけどね』

『【石術:反転】、戦闘向きじゃないとは言ったけど……』

『使い方次第だったんだよね』


 土の精霊がふらふらしながら言う。


『……でも、やめられないんじゃぞい』


 全員が深くため息をついた。


 ◇ ◇ ◇


 しばらくして。


 土の精霊が今度は魔王に近づいていった。


『……ふむ』


 全員が「やめろ」と思ったが、誰も止める間もなかった。


 ベローン。


 全員が固まる。


 魔王が振り返る。


 ……怒っていない。


 むしろ胸を張っている。


「……どうだ」


 土の精霊が固まる。

『……怒らないのか?』


「アタシを見て何が悪い。むしろ感謝しろ」


 ヘンドリックの内心。

『……そういう人だったんだよね』

『水着で街を歩く人だもんね』

『温泉施設に等身大の像を自主監修で建てた人だもんね』


 しかし。


 魔王がふと考える。


「……ただ、お仕置きは必要だな。礼儀の問題だ」


 ぐしゃ。


 魔王の足が、土の精霊の頭を踏んだ。


 ぺちゃんこ。


『ぐえええええ!! なぜじゃ!!』


「見るのは構わない。だが無断でやるのは礼儀がない。筋を通せ」


 土の精霊がぺちゃんこのまま呻く。

『……理屈が独特なんじゃぞい……』


 踏まれたまま動けない。


 そこへ、イリスが静かに近づいてきた。


 土の精霊の目が輝く。

『お、助けてくれるのか!? さすが優しいイリスどのじゃ!』


 イリスが魔王の足をそっとどかす。土の精霊を静かに助け起こす。


 土の精霊が感動する。

『……なんと! 我輩、感動したんじゃぞい! やはりイリスどのは——』


 ベローン。


『……なぜじゃ』


 イリスの指先から石が飛ぶ。


 土の精霊がまたコマのように回転し始める。

『ぐわわわわわ!!』


 イリスが静かに言う。

「……助けた後でも、お仕置きは別です」


 本日二度目。イリスは今回も一切動じていなかった。


 全員が沈黙した。


 魔王が腕を組んで頷く。

「……筋が通っておる」


 ヘンドリックの内心。

『……助けてもらった直後にやるのか』

『この精霊、学習能力がないんだけどね』


 土の精霊がよろよろしながら言う。

『……でも、やめられないんじゃぞい』


 そして土の精霊の視線が、ふらふらと次の標的へ向いた。


 ルミナリアだ。


 全員が「やめろ」と思った。


 しかし。


 ベローン——の瞬間。


 何かが自動で展開された。見えない何かが、王女の周囲に瞬時に張り巡らされた。絶対に侵してはならない領域。王族に生まれついた者が持つという、本能的な尊厳の防壁——通称、ロイヤルガード。


 土の精霊の手が、見えない壁に弾かれた。


『……なんじゃこれは』


 ルミナリアが涼しい顔で言う。


「……ロイヤルには、そういうものは通用せぬのじゃ。生まれながらの守護というやつじゃな」


 土の精霊が悔しそうにしている。


『……禁断の逆三角形が……』


「黙れ」


 ルミナリアが静かに、しかし確実に土の精霊を踏んだ。


 ぐしゃ。


「……それと、絶壁ではないのじゃぞ。誤解するな」


 誰も何も言わなかった。


 ヘンドリックの内心。

『……誰も疑ってなかったと思うんだけどね』

『でも、本人が気にしてたんだろうね』

『聞かなかったことにしておこうかな』


 エリーゼが笑顔のまま目を逸らした。

 サンネが天井を見上げた。

 ミラが「そ、そうなんだゾ……」と言った。

 魔王が「……アタシより少ないのは認める」と余計なことを言った。


「魔王よ」

「……なんだ」

「後で覚えておれ」


 広場が、しばらく静かになった。


 ◇ ◇ ◇


 出発前。


 ルミナリアが一行を見送る。王女は今回同行しない。王都で政治的な後方支援を担う。


 闇の精霊がルミナリアの隣に静かに立っている。すでに自然にそこにいる。


「……無理しないでほしいかな」


 ルミナリアが静かに笑う。


「婚約者が心配してくれるのは嬉しいのじゃ」


 俺は少し固まる。


『……いつからそういう返し方をするようになったのかな』

『カトリーヌ夫人の影響かな』


 カトリーヌ夫人が扇子で口元を隠して笑っている。


 アルフォンスが書類を差し出す。


「閣下、道中の予算と報告書の書式はこちらに」

「……なんで旅先でも書類があるのかな」

「閣下が動けば記録が必要です」

「……うん」


 ベルナデッタが最後に一言。


「……イリス殿、道中で閣下が無茶をされたら報告してください」

「はい、ベルナデッタ様」

「……閣下、お気をつけて」


 ヘンドリックの内心。

『……監視役を置いていかれた気がするんだけどね』

『まあ、そういうことにしておこうかな』


 ◇ ◇ ◇


 馬車が動き出した。


 ヘンドリックが【空間拡張Lv1】で広げた馬車の中に、全員が収まっている。外から見ると普通の馬車だが、中は余裕がある。


 闇の商人が感動している。

「……これが【空間拡張Lv1】の応用……」


 ミラが「ボスの魔法ってやっぱりすごいんだゾ!」と言う。


『いや、こんなのLv1の応用なんだけどね』

『そんなに驚かれると困るんだけどね』


 揺れる馬車の中で、イリスが何かを作り始めている。


「閣下、間もなく昼食の時間です」

「……馬車の中で作ってたの?」

「はい、閣下」


 遠い目。


 やがて昼食が配られた。


 ミラが一口食べた瞬間、目を輝かせる。


「これうめえ!! なんで馬車の中でこんなのが!!」


 その声で、さっきまでの土の精霊騒動も、魔王のお説教も、イリスの石の回転も、全部どこかへ吹き飛んだ。


「……確かにうまい」とサンネが静かに認める。

「……別に認めたわけじゃないが、おかわりをもらう」と魔王が言う。

「侯爵邸より……やっぱりうまい……」と闇の商人が泣く。


 俺はふと我に返った。


『……あれ』

『俺、どうしてまたみんなで向かうことになったんだっけ』

『なんか気づいたら全員乗ってるんだけどね』

『スローライフしたかっただけなんだけどね』


 サンネが窓の外を見ながら、ぽつりと呟いた。


「……魔王様ほどの強者になるには、恥じらいというものを捨てねばならないのか」


 誰も答えなかった。でも全員が微妙な顔をした。


 エリーゼが静かに腕を組んで言った。


「……ねえ、旦那様」

「うん」

「土の精霊は魔王様にもイリスにも行ったのに」

「うん」

「なぜわたくしのところには来ないのかしら」


 馬車の中が静寂に包まれた。


 ヘンドリックの内心。

『……エリーゼさん、それは聞いてはいけないことな気がするんだけどね』

『土の精霊が正気を保っているということだと思うんだけどね』


 土の精霊が馬車の隅で正座していた。

 どうやら答えは分かっているようだった。


『……恐ろしくて近づけないんじゃぞい』


 エリーゼが笑顔のまま、土の精霊を見た。


 土の精霊が全速力で馬車の隅に逃げた。


 馬車は国境へ向かって、今日も走り続けた。

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