第167話:精霊の帰還と、逃げられない商人と、カオスな屋敷
「……お疲れ様。よくやってくれたかな」
俺が声をかけると、呼び戻された三体の精霊たちがそれぞれ誇らしげな様子を見せた。
『戻ってきたんじゃぞい! 大活躍じゃったぞい!』
土の精霊がカシャカシャと意気揚々と声を上げる。
『我は帰還す……流れは巡り……使命は果たされ……』
水の精霊が相変わらず詩的に現れる。
『戻ったぞ! もう終わりか! 次はないのか! 次は! 次!』
風の精霊が落ち着きなく飛び回っている。
「……一つだけお願いがあるんだけどね」
『なんじゃ?』
「ダミーの姿……変えておこうかな」
『なぜじゃ? 主の姿は立派じゃぞい?』
「理由は聞かないでほしいんだけどね」
遠くで、報告書にどう書けばいいか分からない顔をした騎士団長が、そっと頷いているのが見えた。
『……ぞい』
『……我は流れのままに』
『分かった! 次! 次の姿! どうする! どうする!?』
『とりあえず、俺と闇の商人に似ていない何かにしてほしいんだけどね。切実に』
◇ ◇ ◇
侯爵邸に全員が揃った。
元々いたエリーゼ、サンネ、ミラ、ルミナリアの四人に加え、新たに加わった魔王とイリス。ブラムとロッテ、ベルナデッタ、アルフォンス、シリル。そして、姿を変えずに廊下をうろついている土の精霊。
俺は全員を見渡した。
『……人が増えた』
『気づいたら、すごい人数になってるんだけどね』
『スローライフしたかっただけなんだけどね』
イリスが全員分の昼食を完璧に用意している。
「お手伝いしますわ」
エリーゼが笑顔のまま手伝おうとする。
「閣下のお連れ様のお手を煩わせるわけには」
「……遠慮しなくていいのよ」
「……はい」
笑顔の圧力に屈し、イリスが少しだけ手伝いを受け入れた。
「……あの娘、手強いな」
サンネがその様子を見て腕を組む。
「なんか怒れないのがくやしいんだゾ」
ミラが頬を膨らませる。
「……アタシには関係ない話だ」
魔王は腕を組んで眺めていたが、昼食のにおいに引き寄せられて、いつの間にか一番近くに座っていた。
◇ ◇ ◇
賑やかな屋敷の片隅で、闇の商人が静かに小さな荷物をまとめ始めているのに気づいた。
「……どこへ行くのかな」
「い、いえ……その……私めはもう十分お役に立てましたし……若い方々の邪魔をするのも申し訳なく……自由の身ということで……」
逃げる気満々だ。俺は静かに言った。
「ダミー、まだ君の姿のまま各地を歩き回ってるけど」
「……え」
「まだ姿を変えてない方が一体いてね。今頃どこかで君の顔で……何かしてるかもしれないかな」
『……別に脅してるわけじゃないんだけどね』
『事実を言っただけだよ』
闇の商人の顔が、みるみるうちに青ざめていく。各地で自分の姿が「何か」をしている光景を想像したらしい。
「……お、お供いたします」
荷物をそっと元の場所に戻す。
「ありがとう。助かるよ」
俺は普通に笑った。
『この人、なんだかんだで頼りになるんだよね』
『道案内だけじゃなくて、インキュバスを一人で仕留めたし』
『……まあ、もう少し一緒にいてもらおうかな』
◇ ◇ ◇
アルフォンスが書類を抱えて現れた。
「閣下、城の修復についてですが」
「うん」
「業者への発注を検討しておりましたが……費用と期間を試算したところ」
「うん」
「閣下が直接【土木建築Lv1】を使われた方が、費用はゼロ、期間は数時間で済むという結論が出ました」
沈黙。
「……なんで俺が城を直してるのかな」
「王命のついでと思っていただければ」
「……うん」
『逆らえる空気じゃないんだよね』
『いつからアルフォンスにも逆らえなくなったのかな』
城の修復現場。
俺は淡々と【土木建築Lv1】を複合魔法で展開していく。崩れた城壁が、石畳が、みるみると元通りになっていく。野次馬の貴族たちが口を開けて見ている。
「……侯爵が」
「一人で城を」
「直している……」
「……便利な婿じゃのう」
国王が窓から見下ろしながら呟く。
「……わらわもそう思うておるぞ」
ルミナリアが隣で扇子を広げた。
◇ ◇ ◇
城の修復が完了した頃。アルフォンスとシリルが地図を広げていた。
「逃走した貴族たちの行方ですが」シリルが眼鏡を押し上げる。
「割り出せたのかな」
「三方向に散らばっています。いずれも国境付近に向かっている模様」
「……組織の上層部に合流しようとしてるのかな」
「その可能性が高いかと」
俺は地図を見る。
『……また追いかけっこかな』
『でも今度は待ち構える方がいいって言ったじゃないか』
「シリル君、国境付近のダンジョンの情報は?」
「スタンピードのリスクがある未攻略ダンジョンが二か所。加えて……」
シリルが一瞬だけ間を置く。
「組織の中継地点と思われる施設が、地下に存在する可能性があります」
俺は静かに頷く。
「……行くしかないかな」
全員が俺を見た。
一瞬、静寂があった。
「……うん、今回は一人じゃないよ」
エリーゼが、何かを確かめるように俺の顔を見た。それから静かに歩み寄り、何気ない動作で俺の腕にそっと触れた。
「……一人じゃないのよ。わたくしたちがいるのだから」
少し間を置いて、柔らかく続ける。
「たまには、頼ってくれていいのよ?」
触れた手はすぐに離れた。でも、その温度だけがしばらく残った。
『……エリーゼさん、たまにこういうことをするんだよね』
『心臓に悪いんだけどね』
「当然だ」
サンネが剣の柄に手を添える。
「今度こそ一緒に行くんだゾ!」
ミラが拳を握る。
「ふん、アタシも行く」
魔王が素直でない顔で言う。一から出直すと言って単独で出奔したはずだったが、真層での一件以来、こいつのそばにいた方が強くなれると悟ったらしい。本人は絶対に認めないだろうが。
「閣下のお供を」
イリスが静かに一礼する。
「え、また行くんですか!?」
闇の商人が悲鳴を上げる。
俺は全員を見渡す。
『……人数が多い』
『でも、今度は一人じゃないんだよね』
『……まあ、悪くないかな』




