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レベル1を35個持ったおっさん、有能すぎて美女三人に包囲される〜レベル10大火力至上主義の世界で裏方が最強だった〜  作者: よっしぃ@書籍化


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第165話:最強の乱入者と、甘い誤算、そしてダンジョンの極上メシ

 暗く冷たい地下通路を抜け、俺たちは開けた空間へと出た。

 

 どうやら、ここが連中のアジトらしい。

 

「……ひぃっ。閣下、何かいます」

 

 闇の商人が俺の背後に隠れながら、震える指で前方を指差した。

 

 空間の中央。そこには二つの影があった。

 

 一つは、以前遭遇したのと同じ、白黒の仮面を被った襲撃者。ただし、二度と逃げられないようにするためか、その手足には重々しい鎖が繋がれている。

 

 そしてもう一つ。

 

 そいつは明らかに異質だった。別の禍々しい仮面を被り、偉そうに白黒の襲撃者へ指示を出している。

 

 だが、俺の視線を釘付けにしたのは、その二人のさらに奥から、足を引きずるようにして現れた『三つ目の影』だった。

 

「……嘘でしょう?」

 

 商人が息を呑む。

 

 そこにいたのは、魔王だった。

 

 体つきも、顔も、間違いなく彼女そのものだ。だが、その目は完全に死んでおり、顔の半分には、あの忌まわしい白黒の仮面がベッタリと張り付いている。

 

『……魔王さん?』

『なんで、ここに』

『ああ……そういうことか』

 

 点と点が繋がった。

 

 あの日、「一から出直す」と言って単独で姿を消した彼女。プライドを粉々にされた最強が、リベンジのために一人でこの場所へ乗り込み――そして、罠にかかって『新たな素体』として回収されてしまったのだ。

 

『……そりゃそうだよね。あの人、そういう人だもんね』

 

 俺は怒りを表には出さず、ただ静かに懐の破片を握りしめた。

 

「ギィィ……ッ!」

 

 俺たちの存在に気付いた指示役の怪人が、忌々しげに声を上げ、魔王に向けて何かの念を発した。

 

 魔王が、ふらりと立ち上がる。

 

 最強の身体能力に、仮面による強制リミッター解除。まともにやり合えば、満身創痍の俺ではひとたまりもない。

 

『よかった、動ける。殺さないように仮面だけを……』

 

 そう覚悟を決めた、次の瞬間だった。

 

 ふらふらと歩み寄ってきた魔王が、なぜか武器を構えることもなく、俺の腕にすりっと寄りかかってきたのだ。

 

「……魔王さん?」

「……んぅ」

 

 腰がくねくねしている。目がとろんとしている。

 

 殺意はゼロ。むしろ、凄まじい熱量で甘えてきている。

 

 俺が呆然としていると、闇の商人が引きつった顔で囁いた。

 

「……閣下。あの指示役の仮面の素体、分かりました」

「うん」

「インキュバス(夢魔)です」

「……あー」

 

『そういうことか。戦闘指示を出したつもりが、インキュバスの性質が混入して甘えモードになってる。組織、素体の選定ミスったね』

 

 予想外の事態に、指示役であるインキュバス自身も激しく動揺しているのが分かった。

 

 言うことを聞かない魔王に見切りをつけ、インキュバスはもう一体の戦力――鎖で拘束された白黒の襲撃者に、俺を殺すよう指示を切り替えた。

 

「シィィッ!」

 

 鎖を引きずりながら、白黒の襲撃者が恐るべき速度で俺に迫る。

 

 俺は、右腕に魔王ががっちりとくっついて離れないため、空いている左手だけで魔法を展開し、襲撃者の鎖を地面に縫い付けて拘束にかかった。

 

「うぉぉぉぉぉっ!!」

 

 その時だった。

 

 俺が襲撃者の対処にかかりきりになったのを見て、これまでただ震えているだけだった闇の商人が、半狂乱の叫び声を上げながら、指示役であるインキュバスに向かって突撃していったのだ。

 俺が鎖で拘束した白黒の襲撃者を相手にしている間、闇の商人がインキュバスに向かって突撃を仕掛けた。


「ひぎぃぃぃ——!!」


 当然のように返り討ちに遭い、くぐもった悲鳴が響く。


 しかし、闇の商人は立ち上がった。体や鞄の中から次々とアイテムを取り出し始める。目くらまし系の粉、縛り系の縄、その他正体不明の道具の数々。


 転び、悲鳴を上げ、服は破れ、顔は泥だらけになっていく。それでも、彼の手は止まらなかった。


「長年……闇を……生きてきましたので……っ!!」


『この人、こんな人だったのか』

『爆発で骨折して何もできなかった、ってずっと気にしてたのかな』

『泥臭いな。でも、本気だ』


 滑稽で、惨めで、格好悪い。だが、その本気がインキュバスの隙を突いた。


 闇の商人が、見事に仮面を奪い取った。


 仮面が外れた瞬間、魔王への甘えモード指示が切れたらしい。


 魔王が突然、我に返った。


「……アタシは今、何を」


 自分が俺の腕にがっちりしがみついていたことに気づいた魔王は、顔を真っ赤にした。


「見るんじゃねえ!!」

「見せもんじゃねえ!!」

「アタシは乙女なんかじゃねえ!!」


 俺は普通に答えた。


「見てないよ。それより立てる?」


 魔王が一瞬固まった後、顔を背ける。


「……チッ。見くびるんじゃねえ」


 闇の商人が仮面を高々と掲げたまま、ボロボロの状態で呟いた。


「……や、やりましたよ、閣下」


「……うん。ありがとう」


『この人のこと、少し見くびってたかもしれないね』


 ◇ ◇ ◇


 拘束していた白黒の襲撃者の方も、仮面が外れ、指示薬の効果が薄れて意識が戻り始めていた。


 倒れているその体に近づく。


 薄く目が開いた。


「……目、覚めた?」


 仮面の下から現れたのは、白に近い銀髪と黒い瞳を持つ、妙齢の美女だった。白黒の紋様が肌にわずかに残っている。


 彼女は状況が全く分かっていないようだった。


「……ここは」

「説明するのが大変なんだけどね」


 彼女が周囲を見渡す。魔王は顔を真っ赤にしてそっぽを向き、闇の商人はボロボロで仮面を掲げたまま固まり、俺は普通の顔をしている。


『なんでこうなるのかな。スローライフしたかっただけなんだけどね』


 俺が状況を簡潔に説明すると、イリスと名乗った彼女は全てを理解したようだった。


「……助けていただいたのですね」

「まあ、そうなるかな」


 イリスが静かに立ち上がり、俺の前に跪いた。


「閣下。この命、閣下のものです」


『……え?』

『急すぎるんだけどね』

『いや、気持ちは分かるけど、そういう文化なのかな』


 魔王が遠くから「……あの娘、ちょっと引くんだが」と呟く。

 闇の商人も「私も引いています」と同意している。


 彼女の素性はこうだ。白黒石術を代々受け継ぐ少数民族の末裔で、石に呪術的な性質を付与し投擲するユニークスキル【石術:反転】の持ち主。一族はほぼ滅びており、彼女が最後の継承者だという。その能力を組織に狙われ、仮面と指示薬で長期間操られていたらしい。


「閣下のご命令であれば、何でも」

「閣下が望まれるなら、この命も」


 俺は遠い目をした。


「……とりあえず、歩ける?」

「はい、閣下」

「じゃあ、一緒に来てもらえると助かるかな」

「……はい、閣下」


 イリスの目が、わずかに輝いた。


 ◇ ◇ ◇


 夜。俺が【土木建築Lv1】で野営地を作ろうとしていると、イリスが進み出た。


「閣下、お任せください」


 気づけば、彼女は完璧な野営地を設営し終えていた。さらに、ダンジョンの素材だけで料理まで始めている。


「……それ、食べられるの?」

「はい、閣下。一族の里でも似たような環境でしたので」


 完成した料理が差し出される。


 一口食べる。


「……うまい」


『料理Lv1の俺が言うのもなんだけど、これは本物だ』


 魔王が横から手を出して食べる。


「……なんだこれ、うまいんだが」

「閣下のお連れ様にも、どうぞ」

「……別にお前に言われなくても食べるわ」


 そう言いながらも、魔王はおかわりを要求している。


 闇の商人が泣きながら食べている。


「……侯爵邸より、うまい……なぜ……ダンジョンで……」


『この人、料理だけじゃなくて、色々できるんだな』

『一族が厳しい環境で生き抜いてきた、ってことか』

『……なんか、申し訳ない気持ちになってきたね』


 ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 完璧に設営されたキャンプ。焚き火。極上の香りが漂う朝食。


 その中心で、イリスが俺に給仕している。


「閣下、朝食の準備ができました」

「あ、ありがとう」

「閣下のお口に合いましたか」

「うん、おいしいよ」

「……光栄です」


 そこへ。


 エリーゼ、サンネ、ミラが到着した。


 三人が野営地を見渡す。完璧な設営。極上の朝食の香り。俺に給仕するイリス。


 魔王が他人事のように「あー、お前たち来たのか」と言う。


 エリーゼが笑顔のまま固まる。

 サンネの眉間に青筋が浮かぶ。

 ミラが「誰なんだゾあの人……」と震える。


 イリスが三人を見て、静かに立ち上がった。


 三人の顔を、順番に、穏やかに見渡す。


「……閣下の奥方様でいらっしゃいますね」


 何の悪意もなかった。ただの、事実の確認だった。


 エリーゼが笑顔のまま「……そう、ですわね」と答えてしまった。

 サンネが「い、いや、まだそういう関係では……」と珍しく動揺した。

 ミラが「奥方って何なんだゾ!?」と混乱した。


『……あれ、誰も否定しないのかな』

『俺が否定していいのかな』

『でも、する空気でもないんだよね』


 イリスが三人を見渡して、静かに続けた。


「皆様、閣下のことをとても大切にされているのですね。……閣下は、幸せな方です」


 全員が黙った。


 魔王だけが「……アタシは関係ねえ」と言いながら、なぜか視線を逸らしていた。


 三人があっけなく陥落した瞬間だった。修羅場になるかと思ったが、イリスには修羅場を起こせる構造がそもそもなかった。彼女は最初から、三人を「閣下をお守りする同志」として見ていたのだ。


「閣下をお守りするのでしたら、皆様のお力添えが必要です。どうかよろしくお願いいたします」


 エリーゼが一瞬で理解した。この子は敵じゃない。

 サンネが剣から静かに手を離した。

 ミラが「……なんか怒れないんだゾ」と困惑した。


 イリスが朝食を追加で用意し始める。その手際が、あまりにも鮮やかだった。


「……ありがとう」とエリーゼが笑顔のまま答えた。その笑顔の温度が、少しだけ上がっていた。


 俺は全員の顔を見渡した。


『……また増えた』

『あわよくばこのまま平民に戻れると思ってたんだけどね』

『外堀も埋まっていくんだよね、なぜか』

『スローライフしたかっただけなんだけどね』


 そこで俺は、ふと気づいた。


「……ねえ、みんな」

「なんですの、旦那様」

「ここに来るの、早くなかった?」

「……さあ、どうでしょう」

「ダミー、どうしたの?」


 三人が、綺麗に視線を逸らした。


 同時に、魔王がそっぽを向いた。


 闇の商人だけが、遠い目で焚き火を見つめていた。


『……察した。もう何も聞くまい』


 エリーゼが静かに完璧な笑顔で言った。


「……旦那様」

「うん」

「今後、単独行動は禁止ですわ」

「……うん」


 逆らえる空気ではなかった。

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