第151話:逃避の心眼と、究極の防衛手段
『見ない……絶対に見ないぞ! せめて見ないようにすれば、この場をやり過ごせるはずだ……っ!』
湯煙が立ち込める大浴場。四人のヒロインと魔王に包囲された俺は、固く目を瞑り、岩のように直立不動の姿勢を保っていた。
(ふにゅっ)
(むにゅぅ)
(ぐにゅっ)
「ひゃあんっ、ボス……っ、そこ、しっぽの付け根なんだゾ……っ」
「だ、旦那様!? いくら湯の中とはいえ、そこを触られるのは……っ、いや、嫌ではありませんが……っ」
「がははは! おっさん、アタシの自慢の腹筋の触り心地はどうだ? 遠慮せずに撫で回していいんだぜ!」
見ないようにしたのが裏目に出た。視覚を絶ったことで足元がおぼつかなくなり、見事にずっこけてしまったのだ。そのたびに「柔らかい何か」にぶつかり、四方八方から嬌声が響き渡る。
『……俺ほどの達人になれば、目をつむっていても心眼で見えるのだよ……そう思った時期が俺にもありました……っ!』
俺の三十五年の人生で培った精神力が、ゴリゴリと音を立てて削られていく。
「さあ、旦那様。次は私がお背中から全身まで、くまなく洗って差し上げますわね」
エリーゼの甘い声が背後から聞こえ、背中に密着するような「何か」の感触が伝わってきた。……手ぬぐいやスポンジじゃない。これ、絶対に何かの「肌」で洗われている感覚だ。
「ずるいぞエリーゼ! わらわも前の方を洗ってやるのじゃ!」
王女のルミナリアまで参戦してきて、俺の理性のライフはついにゼロになった。
『……ダメだ。もうどうなってもいい……。俺には、まだこれがあった!』
俺は最後の手段に出た。自身の内部にある魔力総量7300を、浴槽の湯を沸かし続けるという名目で一気に放出し、完全に使い切ったのだ。
「あ……れ? 旦那様、急に力が抜けて……きゃあっ! 倒れちゃいましたわ!」
俺は安堵とともに、深い意識の底へと沈んでいった。
◇ ◇ ◇
ふと気がつくと、俺は柔らかい布団の上に寝かされていた。
『……助かった。どうにかあの地獄から生還できたみたいだ』
俺はホッと息を吐きながら、何気なく布団をめくった。
……スースーする。一糸まとわぬ全裸だった。
「あっ……旦那様、気がつかれましたか?」
視線を上げると、そこにはエリーゼ、サンネ、ミラ、ルミナリア、そして魔王が、全員顔を真っ赤にして俺の寝顔を見下ろしていた。
「……お、おっさん……お前、意外と……その……」
普段は豪快な魔王までもが、視線を泳がせてしどろもどろになっている。
『……うん。もう今更どうでもいいさ』
俺は静かに目を閉じ、今度こそ何をされてもいいように、残ったわずかな意識を手放した。
「おい、あいつまた気絶したぞ!? いつもこんなことしてんのか?」
魔王が驚いたように声を上げる。
「ええ、そうですわ。旦那様はこうして魔力を意図的に枯渇させ、意識を手放すことで、次に起きた時に総魔力量をわずかに増やすという、恐ろしい修行を日常的に行っているのです」
エリーゼが誇らしげに解説しているが、俺の内心は『ただ現実逃避したかっただけだよ!』と涙を流していた。




