第149話:開かれた深層と、規格外の安全地帯
哀れなインキュバスがヒロインたちの集中砲火によって塵となり、迷宮の最終決戦(?)はあっけなく幕を閉じた。
「……ふぅ。旦那様の愛の言葉の後に、あんな三流の誘惑を聞かされるなんて、本当に耳が腐るかと思いましたわ」
「全くである! 主君の足元にも及ばぬわ!」
ヒロインたちがスッキリした顔で武器を収めていると、ボスの間の奥にあった巨大な壁が、ゴゴゴ……と重い音を立てて開き始めた。
『……マジかよ! ボス倒したのにまだ続くの!? この迷宮、どんだけ俺の精神を削れば気が済むのかな!』
俺の内心の絶叫をよそに、開かれた通路の先には、魔物や淫魔の気配が一切ない、開けた空間が広がっていた。どうやら迷宮内の「安全地帯」らしい。
「今日はもう色々と限界だからね。ここで一泊して、明日の朝から奥を探索しようか」
俺は溜め息をつきながら、いつものように複合魔法を展開した。土魔法で頑丈な石造りの拠点を組み上げ、水魔法と火魔法で温水風呂を沸かし、浄化魔法で水洗トイレを完備する。もちろん、フカフカのベッドと、料理のための立派な厨房も忘れない。
「……おい、おっさん。なんだこれ。ただの土魔法じゃねえだろ。迷宮のど真ん中に、なんで王城の賓客室みたいな宿屋が建ってんだよ……。えっ、風呂まであるのか!?」
魔王が目を丸くして石造りの拠点をバンバンと叩いている。その横では、すっかり空気になっていた闇の商人が、ポカンと口を開けていた。
「あ、あのう……皆様。なんだかやることがなさそうですし、私が先に一番風呂をいただいても……?」
「ああ、構わないよ。ゆっくり疲れを取っておいで」
闇の商人がそそくさと風呂場へ向かうのを見送り、俺は厨房に立って夕食の準備を始めた。料理魔法と複合魔法を駆使して、極上の飯をパパッと作り上げていく。
「師匠! 僕たちも手伝いますよ!」
「いえ、ブラム君とロッテは二人で入れる専用のお風呂を作っておいたから、そっちに入っておいで。いつも苦労かけてるからね」
「し、師匠おおぉ! ありがとうございます! ほらロッテ、行こう!」
「ふぇっ!? わ、私、まだ心の準備が……っ」
顔を真っ赤にしたロッテがブラムに手を引かれて消えていく。さて、これで静かに料理に集中できる……と思ったのが甘かった。
「旦那様! 料理ならこのエリーゼがお手伝いいたしますわ! さあ、あーんして味見を……っ」
「ずるいぞエリーゼ! わらわもヘンドリックの汗を拭く係をするのじゃ!」
「ボス! アタシ、お肉の焼ける匂いでお腹ペコペコなんだゾ! つまみ食いするんだゾ!」
「待てお前たち! 主君の包丁さばきの邪魔をしてはならぬ! ……だ、旦那様、私もエプロンをつければお手伝いできますか?」
厨房の周りにヒロイン四人が密集し、再び熾烈なポジション争いが始まってしまった。
「がははは! おっさんの飯、アタシも楽しみだぜ! しかし、お前らも懲りねえな!」
魔王がリビングのソファーでくつろぎながら大笑いしている。
『……誰か、俺に静かなスローライフをください』
迷宮の深層で、俺の胃痛と受難の夜はまだまだ続くのだった。




