第143話:急転直下の拉致行路と、影の支配者たち
湯上がり、ホカホカの状態。
普通ならここから優雅な夕食……のはずだったんだけど、現実は俺の期待を裏切るのが趣味らしい。
「おい、ちょっと待って! なんで当たり前のように密着してくるのかな!?」
『ボディコン姿だけでも刺激が強すぎるのに、魔王様、距離感がバグってない? 腕とかいろいろ当たってるんだけどさ! おまけにすごく良い匂いがして、理性が削れるどころか、魂がすり減ってる音が聞こえるんだけどね!』
「ん? ああ、気にするな。なんかいい匂いがするんだよ、お前から。……これはオスの臭い、だな。いいじゃねえか、減るもんじゃねえし」
「減ってるんだよ! 俺の寿命とかいろいろ、目に見えない大切なものがね!」
「破廉恥ですわ! 旦那様から離れなさい、この露出狂!」
「わらわのヘンドリックを誘惑するなど、魔王といえど万死に値するぞ!」
エリーゼとルミナリアの烈火のごとき口撃が飛ぶけれど、魔王様はどこ吹く風。耳の穴を小指でほじりながら、完全に聞き流している。
一方で、その光景を見ていたサンネが、目を輝かせて拳を握り込んだ。
「流石は魔王殿だ! 主君の魅力を本能で嗅ぎ分けるとは、実に武人らしい直感! 実に役に立つ姿勢だ、見習わねばならんな!」
「サンネさん、お願いだから今は黙ってて。それ、全然役に立ってないからね。むしろ事態を悪化させてるだけだからね」
「……ボス、これ食べるか?」
「おお! もらおう!」
ミラの差し出した巨大な肉塊を、魔王様はバキッという豪快な音を立てて咀嚼する。そして、肉を飲み込むと同時に、その瞳に鋭い光が宿った。
「よし、エネルギー充填完了だ! 今から行くぜ! おっさん、お前も連れてってやる!」
「えっ、ひぎゃあああ!?」
軟禁部屋で優雅に紅茶を飲んでいた闇の商人のトップが、魔王様に首根っこを掴まれて窓から放り出される。文字通りの拉致である。
「ダンジョンが爆発する前に片付けるぞ! 出発だ!」
「ちょっと待って、心の準備が――! 誰か、俺の騎士団の出動手続きとか、そういうの済ませてからにしようよ!」
嵐のように去っていく一行。
その騒ぎに完全に取り残されたのが、屋敷の隅で呆然としていたブラムとロッテだった。
「……ブラム君。私たち、最近何もしてないよね?」
「……ぐさっ。ロッテ、それを今言うのかい? 胸に突き刺さるんだけど……」
かつてはヘンドリックを支える(?)若手筆頭だったはずの二人だが、最近のインフレしたメンツの中では、完全に出番を失っていた。
だが、ロッテの瞳にはまだ光が消えていなかった。
「よし、ロッテ。後を追うぞ! 冒険者としての意地を見せてやるんだ!」
「うん、そうでなくっちゃね。ブラム君、行こ!」
相変わらずマイペースなロッテが、やる気に火がついたブラムを巧みに誘導して駆け出す。
……うん、彼女のブラムを扱う手腕は、間違いなくカンストしていると思う。
◇ ◇ ◇
そんなカオスすぎる騒動を、屋敷のバルコニーから静かに見送る二人の女性がいた。
「……行かれましたね、皆様。適度なガス抜きは、組織の運営において不可欠な要素ですから」
ベルナデッタが、乱れたメイド服の袖を整えながら無表情に呟く。
あの魔王や獣王をも一瞬で黙らせた彼女こそ、この屋敷の最強の番人にして、すべての「遊び」を許容する冷徹な管理者。
「うふふ、そうね。ヘンドリックちゃんも、たまには羽を伸ばさないと可哀想だもの。あの子、溜め込みやすいから」
その隣で、優雅に扇子を広げるのはカトリーヌだ。
ベルナデッタが屋敷の物理的な黒幕なら、彼女はさらにその上を行く、ヘンドリックの精神的扱いに長けた真の支配者。
「年の功、というやつかしら。あの子がどう動けば一番面白いか……私には手に取るようにわかるわ。あの子を転がすのは、若い娘たちにはまだ早いのよ」
微笑むカトリーヌの背後に、底知れない闇のオーラが見えた気がした。
『……ねえ、俺、今頃ダンジョンに向かってるけどさ。一番怖いのは、あの屋敷に残してきた二人の女性なんじゃないかな。俺の扱い、完全に掌の上だよね……』
闇の商人の陰謀よりも、魔王の暴走よりも。
メイド長と長老による完璧な「ヘンドリック管理システム」こそが、この物語の最大のカオスなのかもしれなかった。




