第140話:賑やかすぎる侯爵邸と、獣王の乱入
「……アイシャ、ちょっと待って。なんで君が、その露出過剰な魔王様と知り合いなのかな?」
『頼むから人違いだと言ってほしい。俺の元パーティーメンバーが、王命の討伐対象の黒幕(仮)と知り合いだなんて、胃に穴が空きそうなんだけどさ。しかも何だい、その体型が丸わかりな服は。水着より目に毒だよ……』
ヘンドリックが冷や汗を流しながら尋ねると、アイシャは顔を真っ赤にして、ルークの背中に隠れながら小刻みに震えていた。
「あわわわっ! ち、違うんですヘンドリックさん! この方は、私が魔族の里にいた頃の……直属の上司でして! 先代から『魔王』の座を引き継いだばかりで、すごくお世話になった、とっても気さくな方なんですぅぅ!」
「おお、アイシャじゃないか! 久しぶりだな! ドジばかりで里の崖からよく落ちてたお前が、人間界で立派にやってるみたいでアタシも嬉しいぞ! がはは!」
ボディコン姿の魔王は、アイシャの頭をガシガシと乱暴に撫で回す。かつての上司(魔王)と、元部下(魔族のアイシャ)。どうやら魔族の社会にも、我々の想像を超える「体育会系な上下関係」と「アットホームな絆」があるらしい。
「……上司。そっか。魔族の社会も大変だね」
『ルーク、君の恋人、とんでもないパイプを持ってるよ。これもう、闇の商人がどうとかいうレベルの話じゃなくなってるよね……? というか、魔王様、公務はどうしたのかな?』
しかし、ヘンドリックの困惑をよそに、侯爵邸の中庭は急速に「交流広場」へと変貌していく。
「おねーちゃん! このお肉、アタシが焼いたんだゾ! 食べるか?」
「お、気が利くなチビッコ! お前、いい食いっぷりだな! 気に入ったゾ!」
いつの間にか、野生児のミラと魔王が、中庭に持ち出したコンロで肩を組んで肉を焼き始めていた。魔王の奔放さとミラの野生の勘が共鳴したのか、二人は出会って数分で「肉友」として固い絆を結んでしまったようだ。
一方で、それを見ていたサンネが、アイシャの手をガシッと握りしめた。
「アイシャ殿! 貴殿が魔族であることは薄々感づいていたが……主君を思うその真っ直ぐな魂、そして魔王の部下を務め上げた実力、種族など関係ない! 私は貴殿を、主君を守る『戦友』として歓迎するぞ!」
「サ、サンネさん……! ありがとうございます! 私も、ヘンドリックさんやルークの足を引っ張らないよう、精一杯頑張ります!」
騎士のサンネと、魔族のアイシャ。真面目な二人はなぜか熱い友情で結ばれ、肉を焼くミラたちの横で「閣下の護衛術」についての実技演習を始めてしまった。
「……ねえ、誰か止めてくれないかな?」
『なんで俺の家が、魔王と魔族と騎士の合同合宿会場になってるのさ。これ、近所の人から通報されない? ベルナデッタさんにバレたら、俺、一週間は正座させられるんだけどね』
ヘンドリックが助けを求めてテラスを仰ぎ見ると、そこにはエリーゼとルミナリアが優雅に座っていた。
「騒がしいですわね。でも、これだけの戦力が揃えば、もう闇の商人なんて恐るるに足りませんわ。……さあ、旦那様。早く書類仕事を終わらせて、私たちとお茶を楽しみましょう?」
「うむ。ヘンドリックの逃げ道がまた一つ塞がれたということじゃな。良きこと、良きこと」
安定の同盟関係を築いている自称妻たちは、ヘンドリックを助ける気など一ミリもなく、むしろこのカオスを「ヘンドリックを屋敷に閉じ込めるための檻」として歓迎しているようだった。
「……もう嫌だ。一人で温泉に入ってこようかな……」
ヘンドリックが現実逃避を決意し、背を向けようとした――まさにその時である。
ドゴォォォォンッ!!
侯爵邸の頑丈な正門が、文字通り「物理的に」粉砕され、庭のど真ん中まで飛んできた。
「ミラ! 迎えに来たぞ!! ……って、なんだこの騒がしい場所は!」
土煙の中から現れたのは、見上げるほどの巨躯と、圧倒的な覇気を放つ獣人の男。ミラの父親であり、獣人族を束ねる『獣王』であった。娘を心配して(あるいは単に暴れたくて)王都までやってきたらしい。
「うわあああっ!? 門! 俺の家の門が!」
『直すのにいくらかかると思ってるのかな!? シリル君がまた白目剥いて怒るでしょ! 予算編成でアルフォンスさんに詰められるのは俺なんだよ!』
ヘンドリックの悲鳴などお構いなしに、獣王の鋭い眼光が、ボディコン姿の魔王を捉えた。
「……ほう。貴様、只者ではないな。その気配……俺と打ち合う資格がある」
「がはは! おっさん、挨拶代わりの破壊か! 面白い、人間以外にも骨のある奴がいるじゃないか!」
獣王と魔王。
王都で決して鉢合わせてはいけない二つの頂点が、理屈も説明もすっ飛ばし、互いの強さを確かめ合うように激突した。
「がはははは! 良い拳だ!」
「久しいのう! これほど力任せに殴れる相手は!」
ズドォォン! バキィィッ! と、二人が殴り合うたびに、侯爵邸の壁や石畳が派手に吹き飛んでいく。言葉ではなく、物理で親交を深め始めるトップ二人を前に、ヘンドリックはただ静かに、崩れゆく自分の家の屋根を見上げることしかできなかった。




