第138話:例外のトップランカーと、見え隠れする真の依頼主
「言い訳は執務室の『姿勢矯正椅子』の上で聞きますわ。さあ、戻りますよ」
王都の市場。
エリーゼとルミナリアに両脇を固められ、ベルナデッタたちによって連行されようとしていたヘンドリックだったが、ふと立ち止まった。
「……いや、ちょっと待ってほしいかな」
『おかしい。今のこいつ(闇の商人)の言葉、どうにも引っかかるんだよね』
ヘンドリックは両脇の自称妻たちの拘束を軽く解くと、後ろ手に縛られた闇の商人のトップの前にしゃがみ込んだ。その目は、普段の「逃げ腰な便利屋」のものではなく、百戦錬磨の冒険者としての鋭い光を帯びている。
「おじさん。あんたさっき、『トップランカーからスタンピードを起こす兵器として依頼された』って言ったよね。でも、それが【神創の覇星】のリーダーだったとは、一言も言ってないんじゃないかな?」
ヘンドリックの問いに、商人はビクッと肩を揺らした。
「そ、それは……! ええ、そうです。取引の場に現れたのは、彼らのギルドの紋章を提示した者ですが、リーダー本人ではありませんでした」
「……誰だったんだい?」
「深くはフードを被っておりましたが……背格好からして、あのパーティーの馬車に乗っていた別の男か、あるいは同行していた三人の女のうちの誰か。……もしくは、トップランカーを名乗る『全く別の何者か』です」
その証言を聞いて、ヘンドリックは顎に手を当てた。
『……なるほどね。ヘラフテンのスタンピードで死んだあのリーダーは、やっぱりただの馬鹿なピエロだったってわけだ。あいつは別の「ローブの魔族」に唆されて、あれが大災害を起こす魔石だとは知らずに使わされただけ……』
では、闇の商人から「スタンピードを起こす目的」で魔石を買ったのは誰なのか。
『王都のトップランカーのほとんどは、俺が裏方時代に戦い方を教え込んだ奴らだ。あいつらは根は真面目だし、俺のことも慕ってくれてるから、こんな非道な真似は絶対にしない。……でも、例外はある』
ヘンドリックの脳裏に、いくつかの顔が浮かぶ。
俺の教えを受けていない、プライドだけが高い新興勢力。あるいは、俺のやり方を気に入らず逆恨みしていた一部の例外たち。
「……そいつらが、あのローブの魔族と裏で繋がって、魔石を買い上げた。そして、邪魔になった【神創の覇星】のリーダーを騙して使わせ、ヘラフテンごと俺を消そうとした……って考えるのが自然かな」
ヘンドリックがぽつりと呟いた推理に、ルミナリアやサンネがハッと息を呑んだ。
「なんと……! では、この闇商人から兵器を買った真の依頼主は、今も王都の冒険者の中に潜んでいるやもしれぬということか!」
「主君を狙い、街一つを犠牲にしようとするなど……断じて許せんな!」
「まあ、まだ推測の域を出ないんだけどね。でも、これでただの『悪い商人がいました』って話じゃなくなったのは確かかな」
事件の背後で糸を引く「ローブの魔族」と、それに加担した「例外のトップランカー(あるいはかつてのパーティーメンバー)」。
ヘンドリックの優れた洞察が、闇に隠れていた真の敵の輪郭をうっすらと炙り出した。
「……ああ、もう。これ、完全に俺が調べなきゃいけない厄介な事件になっちゃったじゃないか」
『ただでさえ侯爵の仕事で忙しいのに! なんで俺、自分から首を突っ込んで仕事増やしてるのかな!?』
「素晴らしい推理ですわ、旦那様! やはり貴方は、知性も兼ね備えた真の英雄!」
エリーゼが感極まったように手を組み合わせる。
「……侯爵閣下のおかげで、この商人はただの『利用された中間業者』に過ぎないことが判明しました。とはいえ、危険な魔石を流通させた罪は重い。王城の地下牢へ送り、すべてを吐かせます」
アルフォンスの冷徹な宣告に、商人は「ひぃっ!」と悲鳴を上げて項垂れた。
「じゃあ、俺は黒幕を探しに現場へ……」
「お待ちを、閣下」
再び逃げ出そうとしたヘンドリックの襟首を、ベルナデッタが容赦なく掴む。
「黒幕の存在が浮上したとはいえ、情報を整理し、捜査の権限を各騎士団やギルドに下ろすのは『侯爵』の執務です。まずは屋敷に戻り、これらすべてを報告書にまとめていただきます」
「……だよね。知ってたよ」
『この人たち、俺がどんなにカッコよく推理をキメても、絶対にデスクワークからは逃がしてくれないんだね……』
事件の核心に迫る大ファインプレーを見せたものの、結局は姿勢矯正椅子と書類の山が待つ屋敷へと引きずられていく三十五歳の冒険者であった。




