第134話:雑踏の邂逅と、カオスすぎる相席食堂
「なんでこんなところにいるんだよ……」
『声に出しそうになったのを必死で飲み込んだよ。いや、半分出ちゃってたかもしれないけどね。だって、どう考えてもおかしいでしょ!?』
王都の活気あふれる市場のど真ん中。
ヘンドリックの目の前には、手配書で何度も顔を確認した「闇の商人のトップ」が立っていた。
緊張が走る。相手の懐に手が伸びるのが見えた。
ヘンドリックも即座に【水魔法Lv1】と【風魔法Lv1】を複合し、不可視の刃を形成しようとした――が、ピタリと動きを止めた。
周囲には、夕飯の買い物をする主婦、走り回る子供たち、そして無防備な一般市民があまりにも多すぎるのだ。
ここで魔法をぶっ放せば、どう足掻いても甚大な被害が出る。侯爵として、いや、一人の冒険者として、それは絶対に避けなければならない。
それは相手も同じだったらしい。闇の商人のトップも、周囲の雑踏と、ヘンドリックの両脇に立つ厄介な護衛を素早く値踏みし、スッと懐から手を離した。ここで戦闘になれば、彼自身も無傷では逃げられないと悟ったのだ。
「……おっと。これは失礼いたしました。急いでいたもので」
「あ、いや。こっちもよそ見してたからね……」
ヘンドリックが冷や汗を流しながら探り合いをしていると、事態を全く把握していないサンネが一歩前に出た。
「おい、そこの男! いくら雑踏とはいえ、私の主君にぶつかるとは不注意だぞ! だが、素直に非を認める態度は評価しよう!」
「そ、それはどうも……。お詫びと言ってはなんですが、そこの屋台で食事でもご馳走させて――」
「お肉!! ボス、このおっちゃんお肉奢ってくれるって言ってるゾ! いい奴なんだゾ!!」
ミラの野生の勘(食欲)が、闇の商人がその場を立ち去るための「口実」を物理的に捕獲した。彼女は商人の高級な外套の袖をガシッと掴み、屋台の長椅子へと強引に引きずり込んだ。
「えっ、ちょ、お嬢さん、私はこれで……」
「いいから座るんだゾ! おっちゃん、ここのお肉全部焼いてくれなんだゾ!」
かくして、王都の裏社会を牛耳る冷酷な男は、獣人の少女の馬鹿力に逆らえず、パイプ椅子に強制着席させられた。
◇ ◇ ◇
「……美味しいね、この串焼き。タレが絶妙というか……」
「……ええ、全くですね。庶民の味も、たまには悪くない……」
ジュージューと肉が焼ける煙の中。
ヘンドリックは、なぜか闇の商人のトップと向かい合って座り、一緒にお茶を啜っていた。
『どうしてこうなったのかな……。王命で討伐しろって言われてる最終目標と、なんで俺、平和に相席食堂してるのさ。これ、アルフォンスさんたちが見たら卒倒するんじゃないの?』
内心で激しくツッコミを入れながらも、ヘンドリックはひたすら愛想笑いを浮かべるしかない。
一方で、サンネとミラは手配書の顔など完全に忘れているようで、呑気に肉を頬張っていた。
「して、貴殿はどういった仕事をしているのだ? 身なりからして、どこかの商人とお見受けするが」
サンネが肉をかじりながら、無邪気かつ核心を突く質問を投げかける。
「ごふっ……! あ、ああ。ええと、はい。私は……しがない、輸入雑貨の商いをしておりまして。色々と、手広く……」
「ほう! それはすごいな! 我々も色々と物資が必要な身だ。今度、良き品があれば取引したいものだな!」
「……ええ。機会があれば、ぜひ……」
闇の商人のトップが、引きつった笑顔で額の汗を拭っている。
彼もまた『なぜ俺は討伐責任者の騎士と世間話をしているんだ? 早くこの場から立ち去りたい』と心底思っているのが、ヘンドリックには痛いほど伝わってきた。
「まあまあ、サンネ。食事中に仕事の話は野暮だよ。おじさんも、お肉冷めちゃうから食べてね。ほら、ミラに全部食われるよ」
『頼むからこれ以上、核心に触れないでくれサンネ! このおじさんがキレて毒霧でも撒き散らしたら大惨事になるんだからね!』
「むっ、もぐもぐ……おっちゃん、これ食べないならアタシがもらうゾ!」
「あ、いや、食べます。食べますよ」
大悪党と、それを討伐すべき侯爵。
決して交わってはいけない二人が、一般市民の波に飲まれ、ただひたすらに「波風を立てないよう」に串焼きを齧り合うという、あまりにもカオスでシュールな時間が流れていくのだった。




