第13話:便利屋の極意と、騒がしい門出
ロッテが正式に加入してから数日。ヘンドリックの工房兼自宅は、かつてないほど賑やかな空気に包まれていた。
「いいか、ロッテちゃん。師匠の教えで一番大事なのは、派手なスキルじゃない。この【事前の道具の手入れ】と【効率的なパッキング】なんだ!」
リビングでは、ブラムが先輩風を吹かせながら、一生懸命にロッテへ冒険の準備を教えていた。彼はロッテにいいところを見せようと張り切っているが、その目はどこかデレデレとしていて隠しきれていない。
ロッテもまた、自分を救ってくれたブラムをキラキラとした瞳で見つめながら、「はい、ブラムさん!」と熱心に頷いている。
そんな二人を眺めながら、ヘンドリックはさらに深く、便利屋としての基礎を叩き込んだ。
「ブラム、少し教え方が大雑把かな。ロッテちゃん、冒険の八割はこうした地味な雑用で決まるんだよ。靴の泥を落とし、刃の欠けを修正し、荷物の重心をミリ単位で調整する。この地味な作業の積み重ねが、深層での生存率を一%ずつ上げていくんだ」
ヘンドリックが実演しながら【洗浄Lv1】と【修復Lv1】を駆使して装備を整えていく。その手際の良さはもはや芸術の域だ。ロッテは「雑用がそんなに大事だったなんて……」と、これまでのトップランカー気取りのパーティーでは決して教わらなかった真実に、深い感銘を受けていた。
一方で、そんな教育現場の横では、別の意味で熱い戦いが繰り広げられていた。
「ねえ、ヘンドリック。なんだか肩が凝っちゃったみたい。少し……触ってほぐしてくれないかしら?」
サンネが艶めかしい手つきで肩をはだけさせ、ヘンドリックにすり寄る。すると負けじとミラが反対側から飛びついた。
「ボスー! 私も! 私も頭撫でてほしいんだゾ!」
エリーゼは無言だったが、静かにヘンドリックの正面に立ち、じっとその瞳を見つめて【順番待ち】のプレッシャーを放っている。隙あらばおっさんに手を出してもらおう、構ってもらおうという、ヒロイン三人の執念は凄まじい。
「……まったく。あんたたち、出発前なんだから少し落ち着いてくれないか」
ヘンドリックは深いため息をつくと、慣れた手つきでサンネとミラを引き寄せ、ポンと優しくハグをした。さらに空いた手でミラの頭をワシャワシャと撫で、最後にエリーゼの頭にもそっと手を置いた。
「よしよし、これで少しは気が済んだかな? ほら、落ち着いて準備してくれ。深層に行くんだからね」
おっさんにしてみれば、興奮した大型犬や駄々をこねる子供をなだめるような、極めて事務的な対応だ。だが、三人はそれだけで「ふふっ」「えへへ……」と骨抜きになり、満足げに大人しくなった。
その様子を横目で見ていたロッテは、『このパーティー、すごすぎる……。愛が重い……』と、別の意味で圧倒されていた。
「さて、ロッテちゃん。仕上げに君のスキルだ。ブラム、教えてあげてくれるか」
ヘンドリックの指示で、ロッテに【魔力節約Lv1】と【魔力回復Lv1】の取得を促した。これで彼女の「レベル4を複数持つ」というビルドは、燃費の悪さを克服し、驚異的な継戦能力を持つようになる。
「ロッテちゃん、君が二十二歳になってポイントが貯まったら、俺が【隠密】か【投擲】のレベル1スキルを教えようか。……いや、まずはこのダンジョンで君の戦い方や適性をじっくり見極めさせてもらおう。場合によっては、違うスキルを選択した方が遊撃手として化けるかもしれないからね。それまでは今のスキルと魔力管理の組み合わせを、現場で一緒に学んでいこうか」
「はい! よろしくお願いします、師匠!」
ロッテは元気よく返事をした。ヘンドリックは「師匠なんて大層なものじゃないよ。ただの便利屋の助言だ……」と頭を押さえたが、ブラムとロッテの二人にキラキラした目で見つめられ、諦めて背を向けた。
「よし、全員準備はいいかな。……それじゃあ行こうか、フェルウェ大迷宮・深層へ!」
ヘンドリックを先頭に、重武装の魔法騎士サンネ、俊敏な獣人ミラ、万能魔法使いのエリーゼ、そして成長著しい魔法剣士ブラムと、新たな原石ロッテ。
合計六人の、この世界で最も奇妙で、そして最も【合理的】なパーティーが、再びダンジョンの門を潜った。
伝説の便利屋による、真の無双劇がいよいよ幕を開ける。




