第12話:颯爽たる一番弟子と、ロッテの決断
ロッテが呆然としながらヘンドリックから受け取ったポーションを飲み干すと、体中の痛みが嘘のように引いていく。
だが、危機が去ったわけではない。崩落した壁の穴からは、後続の魔物たちがひしめき合いながら這い出ようとしていた。
「師匠! あいつらは俺がやります!」
ブラムが大剣を構え、ロッテと魔物の間にスッと立ち塞がった。
「ああ、任せたよ。新しいスキルの感覚、しっかり馴染ませてみてくれ」
ヘンドリックの許可を得たブラムは、深く息を吐き、剣に炎を纏わせた。
かつての彼なら、ここで燃費最悪の【レベル10魔法】を無駄にブッ放し、周囲の壁ごと吹き飛ばしていただろう。だが、今の彼は違う。
ヘンドリックの教えで取得した【魔力節約Lv1】と【魔力探知Lv1】が、彼の無駄な力みを完全に消し去っていた。
魔力探知で魔物の急所を的確に見極め、魔力節約で炎の出力を剣の刀身のみに最適化する。
ブラムが踏み込むと同時に、一閃。
炎の軌跡が美しく空を舞い、飛びかかってきた魔物たちの急所だけを正確に、かつ一瞬で焼き斬った。
余分な爆発も、周囲への被害も一切ない。【レベル10】の火力を完全に制御しきった、美しすぎる剣技だった。
「ふぅ。……よし、うまくいった」
ブラムは炎を散らして剣を収めると、へたり込んでいるロッテを振り返り、爽やかな笑顔を向けた。
「大丈夫かい? 立てる? 無理しないで、ゆっくりでいいからね」
そう言って、ブラムはロッテに向かって優しく手を差し伸べた。
ロッテは差し出されたその手と、ブラムの顔を交互に見つめ、トクン、と心臓が大きく跳ねるのを感じた。
『え……あ……』
頼もしい背中。圧倒的な強さ。それなのに、自分を気遣ってくれる優しい声と、温かい手。
夜な夜なセクハラをしてきた、あの気持ち悪い元パーティーのリーダーとは雲泥の差だ。いや、比べることすらおこがましい。
ロッテの頬がカッと熱くなる。彼女は震える手でブラムの手を握り、そっと引き上げられた。
「あ、ありがとう、ございます……。あの、私……」
「気にしないで! 俺もちょっと前まで、あのリーダーたちに盾にされて散々な目に遭ったからさ。君の辛さ、すごくよく分かるよ」
ブラムはロッテの汚れを払うようにポンポンと肩を叩き、気遣わしげに微笑んだ。
その瞬間、ロッテの中で何かが完全に落ちた。控えめに言っても、ド直球の一目惚れだった。
若い二人がキラキラとした爽やかな空気を形成している背後で、ヘンドリックは深いため息をついていた。
「さて。ブラム、その子のケアは任せたよ」
「はいっ、師匠!」
ヘンドリックは首をボキボキと鳴らしながら、崩れた壁の前にへたり込んでいるリーダーとアホ女トリオを見下ろした。
彼らは腰を抜かしたまま、かつて見下していたブラムの圧倒的な剣技と、追放したはずのヘンドリックの登場に言葉を失っていた。
「あんたたち、本当に学習能力がないんだな。大魔法をぶっ放して壁をぶち抜いて自爆だなんて、少し無茶が過ぎるんじゃないかな」
ヘンドリックは困ったような声で小言を言いながら、【土木建築Lv1】を発動させて崩落した壁を秒速で塞ぎ、さらに【回復Lv1】をごり押しで発動して彼らの怪我を治していく。
だが、その施しを受けたリーダーは、顔を真っ赤にして立ち上がると、ヘンドリックに向かって唾を飛ばすように怒鳴り散らした。
「よ、余計なお世話だ! 俺たちはトップランカーだぞ! こんなことになったのは、索敵できなかったあいつが悪いんだ! あいつが俺たちをしっかり守らないからこんな目に遭ったんだよ!」
完全に責任をロッテになすりつける、あまりにも見苦しい逆ギレ。
ヘンドリックはその言葉を聞いて、ただただ冷ややかに目を細めた。
「……そうかい。じゃあ、せいぜいトップランカー様同士で頑張ってくれ。ほら、みんな、先に行こうか」
ヘンドリックはそれ以上相手にするのも虚しくなり、エリーゼたちを連れてさっさと最奥への道を歩き出した。ブラムもロッテに「またね」と手を振って、慌てて師匠の後を追っていく。
残されたロッテは、自分の命の恩人に対して唾を吐き、自分にすべての責任を押し付けたリーダーたちを、完全に温度を失った冷たい目で見つめていた。
数日後。水の都ヘラフテンの冒険者ギルド。
受付のカウンターで、リーダーが「おい、早くしろよ!」と苛立たしげに足を踏み鳴らしていると、その足元に銀貨の入った革袋が叩きつけられた。
「……は? なんだこれ」
「違約金です。私、今日限りでこのパーティーを抜けさせていただきます」
無表情で告げたのはロッテだった。
リーダーは信じられないものを見るように目を見開いた。
「なっ……ふざけんな! お前みたいな器用貧乏、俺たちが拾ってやらなきゃどこも雇ってくれないんだぞ!? ちょっと怖い思いをしたからって逃げるのか!」
「ええ。あなたたちと一緒にいたら、間違いなく死ぬと分かったので」
ロッテはリーダーの罵声を涼しい顔で受け流し、ギルドの奥にある酒場へと足を向けた。
そこには、いつものように食事をとっているヘンドリックと美女たち、そしてブラムの姿があった。
ロッテは一直線に彼らのテーブルへ向かうと、深く、九十度に頭を下げた。
「あのっ! 私を、あなたたちのパーティーに入れてください! 雑用でも荷物持ちでもなんでもします! お願いします!」
突然の加入志願に、ヘンドリックは目を瞬かせた。
ブラムは「おっ、嬢ちゃん!」と嬉しそうに笑い、エリーゼたちも『また増えるのね』と苦笑交じりに彼女を見つめている。
こうして、最悪の泥沼から自らの意志で抜け出したロッテは、ヘンドリックたちの規格外な日常へと足を踏み入れることになったのである。




