第126話:最高責任者の湯治と、巻き込まれた弟子ども
「陛下ぁぁぁっ! もしくはどなたか偉い公爵様ぁぁぁっ! もう限界です、俺に最高責任者は無理です、今すぐ隠居させてくださいぃぃっ!」
王都の反乱が戦う前に終わった直後。ヘンドリックは逃げるように王城へ駆け込み、偶然通りかかった高位の公爵の裾に縋り付いて泣き叫んだ。
「おお、ヘンドリック侯。まあそう急ぐこともあるまい。最高責任者の初仕事が完遂されたのだ、まずは肩の力を抜くことじゃ」
「話を聞いてくださいよぉぉっ!」
ジタバタと暴れるヘンドリックの首根っこを掴み、公爵は笑いながら彼を王城の裏手へと連行した。
向かった先は、以前(第66話~第68話あたりで)ヘンドリック自身が適当な土魔法で地面を弄った結果、うっかり湧き出させてしまった『王都の温泉施設』であった。
「さあ、男は黙って裸の付き合いじゃ。湯治といこうではないか」
◇ ◇ ◇
王都温泉、男湯。
湯煙が立ち込める広々とした岩風呂の中で、ヘンドリックは頭にタオルを乗せ、死んだ魚のような目で天井を見つめていた。
「……なぁブラム。俺、ただ平民に戻りたかっただけなんだよ。なんで気づいたら近衛騎士団長と同格になってるんだ? おかしいだろ。絶対おかしい」
「あー、はいはい。そうっすね、おっさん」
ヘンドリックの隣では、公爵に生贄として引っ張られてきたブラムが、うんざりした顔でお湯に浸かっていた。
ここ一時間、ヘンドリックの終わりの見えない愚痴を延々と聞かされ続け、ブラムはすっかりのぼせ気味である。
「聞いてるかブラム? 大体あの新人のシリル君もおかしいんだ。なんで俺の魔力を抜いて喜んでるんだよ。俺はお行儀見習いが嫌なだけで……」
「おっさん、少し黙らないとマジで倒れるぞ。……あー、ルークさん、代わってくれ」
「俺は遠慮しておきます。いやぁ、王都の温泉って最高ですね」
ブラムのSOSを爽やかな笑顔でスルーし、魔族の青年ルークは肩までしっかりとお湯に浸かり、極楽浄土にいるかのような顔でくつろいでいた。先のテロリスト鎮圧の疲れを、世界樹の魔力が溶け込んだお湯が優しく癒やしていく。
「ほれ、ヘンドリック侯。肩を揉んでやろう。これで明日からもしっかり最高責任者として働けるな! ガッハッハ!」
「嫌だぁぁぁ! 明日から働きたくないから揉まないでくださいぃぃ!」
豪快に笑う公爵の親切なマッサージ(物理)を受けながら、ヘンドリックの情けない悲鳴が男湯に響き渡った。
◇ ◇ ◇
一方、その頃。
女湯の貸切露天風呂では、ヒロインたちが優雅な休息の時を過ごしていた。
外部の敵はヘンドリックが作った絶対防壁のせいで手出しできず、内部の反乱分子は一掃済み。当面は王都の安全が確保されているため、彼女たちも羽を伸ばすことができたのだ。
「ふぅ……。世界樹の魔力が溶け込んだお湯、本当に肌がすべすべになりますわね」
エリーゼがお湯をすくい、自身のつつましくも美しい鎖骨へと滑らせる。
「うむ。戦いの汚れも、日々のストレスも洗い流されるようじゃ。機能美にさらに磨きがかかるな」
ルミナリアもまた、無駄のない洗練されたプロポーションを湯船に沈め、満足げに息を吐いた。
その向かい側では、お湯が溢れんばかりの暴力的な質量を揺らしながら、サンネとミラが陣取っている。
「主君、男湯で倒れていないだろうか。上がったら、私の膝枕で存分に甘えさせてやらねばな」
「アタシが一緒に寝てあげるんだゾ。お風呂上がりのお肉も最高なんだゾ」
絶対的な平和と、それぞれの思惑が交錯する女湯。
おっさんが温泉で肉体的な疲労を癒やせば癒やすほど、明日からの責任とヒロインたちの愛の重みが増していくという残酷な真実に、ヘンドリック本人が気づくのはもう少し先の話である。




