第125話:終わっていた反乱と、不必要な最高責任者
「さあ、着きましたわよ旦那様! 敵の反乱部隊が集結している中央広場ですわ!」
「気を引き締めるのじゃ。ここで王都防衛の要としての威厳を見せつけるのじゃぞ!」
エリーゼとルミナリアに両脇を抱えられ、半ば引きずられるようにして戦場へと連行されたヘンドリック。両腕の柔らかい感触のせいで緩みきっていた顔も、広場から漂う焦げ臭い匂いに少しだけ引き締まった。
「はぁ……。しょうがない、少しだけ脅かして追い払うか。土魔法で落とし穴でも……」
ヘンドリックが嫌々ながら杖を構え、広場へと足を踏み入れた、その時である。
「ううっ……」
「ひぃぃ、許してくれぇ……」
広場に響いていたのは、勇ましい反乱軍の雄叫びではなく、地を這うような情けない呻き声であった。
見れば、広場の中央には、黒装束を着た闇商人のスパイや、ガラの悪い裏社会のならず者たちが、紐でぐるぐる巻きにされて文字通り「山」のように積み上げられていたのである。
「……えっ?」
拍子抜けして固まるヘンドリックたちの前で、パンパンと両手の埃を払っている男女がいた。
魔族の青年ルークと、その恋人で同じく魔族の美女アイシャ。そして、腕組みをして呆れ顔をしているヘンドリックの妹である。
「あ、ヘンドリックさん! 遅かったですね」
ルークが爽やかな笑顔で手を振ってきた。
「る、ルーク? これ、お前たちがやったのか?」
「ええ。空の色が変わって結界が張られた瞬間、街のあちこちで悪意を持った魔力が膨れ上がったので。俺もアイシャも魔族ですから、そういう敵意や瘴気の類には人一倍敏感なんですよ。妹さんと一緒に、散歩がてら粗方掃除しておきました」
「魔族の力、少し出しすぎちゃったかしら。街の人に怪我がなくてよかったです」
アイシャが、ふんわりとした母性あふれる笑顔で微笑む。
なんと、王都内部で一斉蜂起したはずのテロリストたちは、ヘンドリックが屋敷で「行きたくない」と駄々をこねている間に、魔族カップルと妹の迅速すぎる対応によって、すでに完全鎮圧されていたのだ。
「遅いよド阿呆兄貴。最高責任者が到着する前に、暴動終わっちゃったじゃない」
妹がジト目でヘンドリックを睨みつける。
「……」
ヘンドリックは、広場に積み上げられた敵の山を見た。
そして、遥か遠く、外の敵の本隊が全く壊せないでいる「自分が適当に補修した絶対防壁」をチラリと見た。
内部の敵は、かつての仲間たちが勝手に片付けてくれた。
外部の敵は、過去の自分が日銭を稼ぐためにやった左官工事のせいで、中に入れず立ち往生している。
ヘンドリックは杖をそっと地面に置き、エリーゼとルミナリアに向き直った。
「……なあ。俺、到着したけど何もしてない。というか、何もすることがない」
「だ、旦那様?」
「これ、俺いらないよな? 俺がいなくても王都の防衛、完璧に成り立ってるよな!? よし、やっぱり俺は不必要な人材だ! 今から王城に行って、最高責任者の辞表を出してくる!!」
喜色満面で踵を返し、一目散に逃亡しようとするおっさん。
だが、その首根っこを、エリーゼとルミナリアがガシッと左右から掴んで引き留めた。
「何をおっしゃいますの。戦いが終わったのなら、次は捕虜の尋問と、被害状況の確認と、事後処理の報告書作成が待っておりますわよ?」
「うむ。むしろ最高責任者の本番はここからじゃ。さあ、執務室に戻って書類の山と戦うのじゃ、ヘンドリック」
「いやぁぁぁっ! 書類仕事なんて一番やりたくないぃぃぃっ!!」
物理的な戦闘からは解放されたものの、結局「最高責任者」としての事務作業からは逃れられなかった最強の便利屋。
王都の空に、捕縛されたテロリストたちの呻き声よりも悲惨な、おっさんの絶叫が虚しく響き渡るのであった。




