第118話:末端の枝と、根源の枝の違い
ズドォォォォンッ!
天井が吹き飛び、ぽっかりと青空が見えるようになった隠し地下シェルターの底。
ヘンドリックが天を仰いで呆然としていると、空いた穴の縁から、逆光を背負った四人の美女と一人の王女が、般若のような笑顔でぬっと顔を出した。
「……見つけましたわよ、逃亡者さん?」
「主君。たっぷりとお仕置きの時間であるぞ」
「お肉の恨み、骨の髄まで味わうんだゾ」
エリーゼ、サンネ、ミラの三人が、ドサリ、ドサリとシェルターの底へ飛び降りてくる。
完全に逃げ場を失ったヘンドリックは、ヒィッと短い悲鳴を上げて後ずさった。
「ま、待ってくれ! 違うんだ、これは事故で……!」
「問答無用ですわ! 覚悟なさいませ旦那様……って、え?」
ヘンドリックの胸ぐらを掴もうと手を伸ばしたエリーゼの動きが、ピタリと止まった。
彼女の視線は、ヘンドリックではなく、彼が抱き抱えている『緑色の光を放つ巨大な枝』に釘付けになっていた。青々とした葉が茂り、強烈な生命の波動を周囲に撒き散らしている。
「だ、旦那様……。そ、それは、まさか……」
「あ、ああ。迷宮の真層でバグってた時の俺が拾ってたみたいでさ。ちょっと魔力を込めたら、急に掃除機みたいに俺の魔力を吸い上げ始めて、こんな光の柱が……」
ヘンドリックの言葉に、エルフであるエリーゼはワナワナと震え始めた。
以前、ヘンドリックはエリーゼが大切にしていた世界樹の枯れ枝を、持ち前の膨大な魔力で復活させたことがあった。その時も確かに驚いたが、今回のソレは、放っている『格』が全く違った。
「バカな……! 以前、旦那様が復活させてくださった私の枝は、あくまで地上に落ちた『末端の枝』! 例えるならただの小指ですわ! しかし、今貴方が持っているそれは……迷宮の最奥、世界樹の『根源』に最も近い場所で折れた『神の御柱』そのものですわよ!?」
「か、神のみはしら?」
「ええ! エルフの伝承にのみ記される、世界樹の心臓! それに、貴方は一体どれだけの魔力を注ぎ込んだのですか!?」
「いや……暇だったから、限界までホースを繋ぐ感覚で全開の【魔力譲渡Lv1】を……」
「馬鹿ァァァッ!!」
エリーゼの悲鳴に近いツッコミが響き渡った。
鉢植えにジョウロで水をやるのと、干上がったダムに消火栓を全力で突っ込むのほどの違い。
根源の枝は、ヘンドリックの7000超の魔力プールを感知するや否や、限界までその魔力を吸い上げ、結果としてあの天を衝くほどの『生命の光の柱』を放ってしまったのだ。
「……あ、あわわわ。エリーゼ、顔が青いぞ。大丈夫か?」
「大丈夫なわけありませんわ! こんな高純度な世界樹の波動を王都のど真ん中でぶっ放せば、どうなるか分かっていますの!?」
エリーゼが頭を抱えた、まさにその時である。
――ザッ、ザッ、ザッ、ザッ!!
シェルターの上の地上から、何十、何百という重武装の足音が聞こえてきた。
見上げれば、大穴の縁をぐるりと取り囲むように、王国の近衛騎士団、魔術師ギルドの精鋭、さらには怪しげな黒装束の集団(闇商人たち)までが、光の柱を追って集結してしまっていた。
「見ろ! 光の発生源はあそこだ!!」
「な、なんだあの輝く枝は……! 伝説の世界樹の根源か!?」
「奪え! あれを手に入れた者は、永遠の命と魔力を得るぞ!!」
上空から降り注ぐ、無数の強欲な視線と殺気。
「……ほら、言わんこっちゃありませんわ。完全に『超特大の撒き餌』になってしまいましたわよ」
エリーゼが、絶望的な溜息を吐く。
「……あの、これ、また穴掘って埋め戻したらダメかな?」
「手遅れですわよド阿呆!!」
お仕置きからの現実逃避で引きこもった結果、世界樹の根源を復活させ、王都中の勢力を一つの穴に集結させてしまった最強の便利屋。
ヘンドリックの孤独な反省の旅は、ものの数十分で、かつてない規模の争奪戦のど真ん中へと引きずり戻されるのであった。




