第114話:仁義なき刷り込み合戦と、ブレない性癖
「よーし、ルールは決まったな! 一人につき持ち時間は一時間! 順番はじゃんけんで勝った順だ!」
真っ白な記憶喪失となったヘンドリックのベッドの前で、四人の美女たちが真剣な表情で円陣を組んでいた。
記憶という名の白紙キャンバスに、いかに自分に都合の良い「正妻設定」を描き込むか。ヒロインたちによる仁義なき刷り込みローテーションの開幕である。
「最初はグー! じゃんけん、ぽん!!」
白熱のじゃんけんの結果、順番はミラ、サンネ、エリーゼ、ルミナリアに決定した。
部屋の隅では、蚊帳の外に置かれたブラムとロッテが、お茶を飲みながら生温かい目でその光景を見守っている。
「……なぁロッテ。あれ、記憶喪失の病人に対する態度じゃないよな」
「はい。獲物を前にした肉食獣の目です」
そんな弟子たちのツッコミをよそに、トップバッターであるミラのターンが始まった。
「ボスー! アタシはボスの相棒で、毎日お肉を貢いでもらって一緒に寝る係なんだゾ!」
「えっ、あ、ちょっ、近い、近いですって!」
ミラはベッドに飛び乗り、その暴力的なボリュームの双丘をヘンドリックの腕にこれでもかと押し当てた。
純真無垢なおっさんは顔を真っ赤にしてタジタジになる。柔らかく、至福の時であるはずなのだが……ヘンドリックは魂の奥底で、何故か『すごいけど……なんか、落ち着かない?』という違和感を覚えていた。
続いて、一時間経過を告げるタイマーが鳴り、サンネが意気揚々と進み出た。
「主君! 私と貴方は永遠の愛を誓い合った騎士と主! ほれ、遠慮なく私の胸に飛び込んでくるのだ!」
「ひゃああっ!? む、胸が当たってます! 苦しいです!」
普段の甲冑を脱ぎ捨て、薄着の寝巻き姿という抜群のプロポーションで迫るサンネ。豊満な双丘に顔を埋められ、ヘンドリックは文字通り息も絶え絶えになる。やはり、本能が『大きすぎるのはちょっと違う』と静かに警鐘を鳴らしていた。
そして三番手。
「ふふっ。お二人は少し、旦那様を怖がらせすぎですわよ」
優雅な微笑みを浮かべ、正妻の余裕を漂わせるエリーゼのターンがやってきた。
彼女はヘンドリックの隣にそっと腰掛け、彼の手を柔らかく包み込む。
「旦那様。私はエリーゼ。貴方の『最愛の妻』ですわ」
「妻……あなたが……?」
ヘンドリックは怯えたようにエリーゼを見上げた。
そして、彼女の顔から、首筋、そしてその下の……無駄な膨らみを一切排除した『つつましい胸元』に視線を落とした瞬間だった。
ピタッ、と。
ヘンドリックの動きが止まった。
「あ……」
「旦那様?」
ヘンドリックの瞳孔が開き、顔から恐怖の色がスッと消え去る。
記憶が白紙になっても、魂に深く刻み込まれた『スレンダー至上主義』という性癖だけは、完全に残っていたのだ。
「す、素晴らしい……。なんて洗練された機能美なんだ……俺、あなたのこと何も覚えてないのに、心臓がバクバクしてます。もっと触ってもいいですか……?」
「えっ……? あ、はい。もちろんですわ(なんで胸元を見て溶け始めているのかしら……?)」
エリーゼのソフトタッチと、その平坦な胸元がもたらす究極の安心感に、ヘンドリックはデレデレに溶けきってしまった。
最後は、ルミナリア王女のターンである。
「ええい、そこまでじゃ! そなたら、ただの同僚のくせに嘘を教えるでない! ヘンドリックよ、よく聞け! わらわこそが、そなたの真の婚約者……」
ルミナリアが王族の威厳を放ちながらベッドに近づいた、その時。
ヘンドリックはベッドから転げ落ちるように飛び降り、彼女の足元に深々とひれ伏した。
「ははぁーっ!!」
「な、なんじゃ急に!?」
ヘンドリックは地面に額を擦りつけながら、感動に打ち震える声で叫んだ。
「神よ……! 先ほどのエリーゼさんに負けず劣らずの、神々しいまでの『機能美』! まるで一枚の板のような芸術的なフォルム! あなたが俺の婚約者!? 光栄です、一生崇め奉ります!!」
「い、一枚の板!? 誰がまな板じゃこの変態機能美マニアァァァッ!!」
ルミナリアの顔が羞恥と怒りで真っ赤に染まり、スリッパでヘンドリックの頭をスパーンッと叩いた。
――一連の騒動を見終えたブラムとロッテは、ズズッと熱いお茶を啜った。
「……なぁ、ロッテ」
「はい、ブラム君」
「おっさん、記憶は真っ白になったはずなのに、スレンダー好きの変態性癖だけは一ミリもブレてないな」
「ええ。ある意味、記憶喪失前よりタチが悪くなっていますね」
生温かい弟子たちの視線をよそに、記憶を失ったおっさんによる「機能美ダブル神」の崇拝は、夜更けまで続くのであった。




