第110話:すれ違う足跡と、理不尽な身内バトル
数時間後。
ヘンドリックの魔力譲渡の後遺症から立ち直り、ある程度魔力を回復させたエリーゼたちは、再び迷宮の中へと足を踏み入れていた。
「旦那様、どうかご無事で……!」
エリーゼを先頭に、焦燥に駆られた一行は、一度通った道を猛スピードで駆け下りていく。
道中には、明らかにヘンドリックが戦ったであろう痕跡がいくつも残されていた。氷漬けにされた大蜘蛛の群れや、複合魔法によって薙ぎ払われた岩壁の残骸。それを見るたびに、ヒロインたちの胸は締め付けられた。
「これほどの魔法を使って……ボロボロの体で、一人で戦いながら地上を目指していたのだな……っ」
サンネが剣の柄を握りしめながら呻く。
だが、中層を抜け、深層に入っても、一向にヘンドリックの姿は見当たらない。
それどころか、一行はおかしなことに気づき始めた。
「……なあ、なんか変じゃないか? おっさんの足跡や戦った痕跡、全部『奥』に向かって続いてるんだが」
索敵をしていたブラムが、困惑したように立ち止まった。
「え? 地上に向かっていたのではなくて?」
ロッテが首を傾げる。全員が顔を見合わせた。
血まみれで地上へ向かっていたはずの足跡が、ある地点を境に、なぜかスキップでもしているかのような軽い足取りに変わり、迷宮の最奥へとUターンしているのだ。
「ど、どういうことじゃ……? まさかあやつ、真層に忘れ物でもしたのか?」
ルミナリア王女が引きつった顔で呟く。
「とにかく追うんだゾ! ボスの匂いは、真っ直ぐ下に向かってるんだゾ!」
一行は混乱を抱えたまま、ついに迷宮の最奥――再び、真層へと舞い戻ってきた。
◇ ◇ ◇
「ひゃっほう! 真層すげえ! オリハルコンの原石に、世界樹の枯れ枝! お宝ザクザクだぜ! ウハウハじゃねえか!」
真層の広大な岩室で、ヘンドリックは満面の笑みでピッケルを振り回していた。
記憶が「強欲なソロ冒険者」に改竄された彼は、中層や深層のドロップ品では飽き足らず、ついには最高難易度の真層にまで戻ってきてしまっていたのだ。
「シャァァァッ!」
真層の瘴気を纏った巨大な魔獣が、背後から襲い掛かる。
「おっと、素材が自分から飛び込んでくるとは運がいい!」
ヘンドリックは振り返りざまに、【土魔法Lv1】と【火魔法Lv1】を組み合わせた落とし穴式の大爆発トラップを即座に起動。魔獣は悲鳴を上げる間もなく消し飛び、極上の魔石だけが床にコロンと転がった。
「よしよし、これも高く売れるぞ……」
ヘンドリックがホクホク顔で魔石を拾い上げようとした、まさにその時である。
「旦那様ぁぁぁっ!!」
「おっさーん!!」
岩室の入り口から、息を切らした六人の男女が転がり込んできた。
エリーゼ、ブラム、サンネ、ミラ、ロッテ、そしてルミナリア王女だ。
彼らは無傷でピンピンしているヘンドリックの姿を見て、安堵の涙を浮かべながら一斉に駆け寄ろうとした。
だが。
「あぁん!?」
ヘンドリックの口から出たのは、愛する仲間たちへの労いの言葉ではなく、あからさまな威嚇の声であった。
「なんだお前ら!? 見ず知らずのパーティーが、こんなとこまで何の用だ! 人の狩場にズカズカ入ってきやがって!」
ヘンドリックは拾ったばかりの極上魔石を素早く懐に隠し、【オリハルコンの剣】を構えて鋭い殺気を放った。
「……えっ?」
エリーゼが、足を止める。
「おいおい、白々しい態度とるなよ。どうせ、俺が今倒した魔獣の横取りに来たんだろ? 最近はタチの悪いハイエナが増えて困るぜ」
「よ、横取り……? 旦那様、何を仰っているのですか? 私です、エリーゼですわ!」
「誰が旦那様だ、気安く呼ぶんじゃねえ! 俺はソロで気ままに稼いでるヘンドリックだ! お前らみたいな派手な連中、見たこともねえよ!」
その言葉に、ヒロインたちの顔からサッと血の気が引いた。
「おっさん、マジかよ……俺たちのこと、忘れちまったのか!?」
ブラムが悲痛な声を上げるが、ヘンドリックの耳には全く届いていない。彼の目には、目の前の六人が『自分の財宝を奪いに来た悪徳パーティー』にしか映っていなかった。
「……なるほど。呪環の代償は『記憶の改竄』じゃったか。しかも、やたらと金に汚い三下冒険者になっとるぞ」
ルミナリア王女だけが、状況を正確に把握して冷静に分析している。
「ならば話は早い。取り押さえて、わらわの魔道具を額に押し当てれば元通りじゃ。前衛ども、手荒にやっても構わん、あやつを捕まえよ!」
「やむを得んな……主君よ、お許しを! ミラ、ブラム、行くぞ!」
「ボス、ちょっと痛いかもしれないんだゾ!」
サンネたちが武器を構え、ヘンドリックを無力化するために距離を詰める。
「おっ? やる気かよ、上等だ! 俺の稼いだ金と素材は、一ガルドたりとも渡さねえぞ!!」
記憶を改竄され、金への執着だけで戦意を爆発させたヘンドリックが、迎え撃つように魔法陣を展開する。
かつての仲間を一切容赦する気のない便利屋のおっさんと、彼を正気に戻そうとするトップランカーたちの、理不尽極まりない全力の身内バトルが、今ここに幕を開けた。




