第105話:おっさんの第六感と、決死の同時多発・複合広域殲滅魔法
ズゴゴゴゴォォッ!
ヘンドリックの土魔法によって作られた巨大な石のトンネルが、無数の暗殺罠を踏み潰しながら迷宮の通路を突き進み、やがて少し開けた広大な岩室へと飛び出した。
トンネルの出口が開き、砂埃が晴れたその先。
そこには、黒い装束に身を包み、迷宮の魔物すら使わないような奇妙な形状の暗器を構えた一人の男が立っていた。
「人間……!? なぜ、真層に人間がいるのですわ!?」
エリーゼが驚きの声を上げる。
「罠を仕掛けた張本人だな! 問答無用、斬り捨てる!」
サンネが盾と剣を構え、一直線に男へと突進しようとした。
「待て、サンネ! 動くな!!」
ヘンドリックの鋭い怒声が岩室に響いた。
普段の温厚な彼からは想像もつかない、切羽詰まった声。サンネはビクッと肩を震わせ、咄嗟に足を止めた。
「旦那様……? い、いかがされたのだ?」
「……おかしい」
ヘンドリックは目を細め、目の前に立つ一人ぽっちの暗殺者を睨みつけた。
彼の持つ【索敵Lv1】では詳細は掴めない。しかし、二十年間死線を潜り抜けてきた職人の第六感が、最大級の警鐘を鳴らしていた。
『気配が複数ある。視界には一人。殺気を誘う隙……。完全に包囲されている』
光学迷彩、闇魔法の隠密、あるいは地中。奴らは自分たちをキルゾーンに引きずり込んだのだ。
「……ブラム、エリーゼ、サンネ、ミラ、ロッテ! 全員、俺に触れろ!」
「えっ!? 同時ですの!?」
「いいから早く! 魔法をぶっ放せえ!!! 出し惜しみはなしだ!」
ヒロインたちが躊躇なくヘンドリックの身体に触れる。ブラムも大剣を担ぎ直してその肩を掴んだ。
ヘンドリックを起点とした、巨大な魔力回路が形成される。
「【魔力譲渡Lv1】――最大出力ォォッ!!」
ドォォォォォォンッ!!
ヘンドリックの体内にある七〇〇〇超の魔力が、五つの経路に分かれて一気に流れ込んだ。
だが、それは生身の人間が耐えられる負荷を遥かに超えていた。
「が、はっ……!?」
ヘンドリックの鼻から、鮮血がどろりと垂れた。それだけではない。彼の目からも、耳からも、過負荷による内出血が溢れ出し、見る間に顔面を血で染めていく。
「旦那様!? お顔が……! やめて、これ以上は旦那様の体が持ちませんわ!」
エリーゼが悲鳴を上げ、魔力供給を絶とうと手を離しかける。
「やめるなッ!!」
ヘンドリックは血の涙を流しながら、裂帛の気合で叫んだ。
「ここで手を緩めれば……全員殺される! 俺はいいから……撃てええええええええっ!!」
その魂の叫びに、五人が応えた。ヘンドリックの膨大な魔力をタンクにして、人類最高峰の魔法が全方位に向けて乱射される。
「爆炎! 爆炎! 爆炎だああああっ!!」
ブラムの【火魔法Lv10】が白熱の渦となり、岩室を地獄の業火で包む。
「氷精の裁きを! 広域氷結!!」
エリーゼの【水魔法Lv5(氷)】と【精霊魔法Lv5】が、炎の隙間を縫って隠れた敵を凍土へと変える。
「浄化の激流! 闇を根こそぎ消し去れ!!」
ロッテの【浄化魔法Lv4】が、影に潜む暗殺者たちの存在そのものを浄化していく。
「ミラ、合わせろ! 雷鳴暴風波!!」
「おうっ! ボスの魔力、すっごいんだゾ!!」
サンネの雷を纏った【風魔法Lv5】とミラの【風魔法Lv5】が共鳴し、地中に潜む者たちを狙い澄ました雷撃が粉砕する。
それは、迷宮の真層という過酷な環境を、一瞬にして「理不尽な処刑場」へと変える光景だった。
姿なき暗殺者たちは、隠れている岩壁や位相ごと、逃げ場のない極大魔法の絨毯爆撃によって塵へと帰していく。
数分後。
岩室の中には、ドロドロに溶け、凍りつき、粉砕された地形だけが残されていた。
暗殺者たちは全員が白目を剥き、再起不能の状態で転がっている。
「……ふぅ、……。みんな、……無事、か……」
ヘンドリックが掠れた声で呟いた。その顔は目、鼻、耳からの血で真っ赤に染まり、立っているのが不思議なほどの惨状だった。
魔力の供給が止まった瞬間、ヘンドリックの意識は深い闇へと沈んだ。
「旦那様ぁっ!!」
エリーゼの悲痛な叫びを最後に、最強の便利屋は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
姿なき暗殺者による完璧な包囲網は、おっさんの命を削る決死の魔力譲渡によって粉砕されたが、その代償はあまりにも大きかった。




