第101話:機能美の証明
深層から真層へと続く過酷な道程。
歴史に名を残す冒険者たちですら命を落とすと言われるその未踏の領域を、ヘンドリックたちは至極順調に――いや、ヘンドリック「以外」は至極順調に進んでいた。
「ハァァァッ!」
サンネの盾が、真層特有の瘴気を纏った巨大な魔獣の突進を完璧に弾き返す。
「隙だらけなんだゾ!」
体勢を崩した魔獣の頭上から、ミラが獣の如き跳躍力で飛び掛かり、鋭い爪で急所を的確に引き裂いた。
戦闘はわずか数十秒で終了した。真層の凶悪な魔物ですら、トップランカーである彼女たちの敵ではない。
「旦那様! 今日の私の盾さばき、いかがであったか?」
「ボス! アタシもいっぱい倒したんだゾ! 撫でてほしいんだゾ!」
血振るいを終えた二人が、尻尾を振る大型犬のような勢いでヘンドリックの元へ駆け寄り、甘えてくる。
「二人ともすごいよ。完璧な連携だったね。怪我はないかな?」
ヘンドリックが二人の頭を優しく撫でると、サンネは頬を赤らめ、ミラは気持ちよさそうに目を細めた。
ヘンドリックは戦闘での出番はほぼないものの、彼女たちの規格外の愛情とアピールを一身に受け続けるため、精神的な疲労(主に胃痛)だけが順調に蓄積していた。
少し進んだ先の安全地帯で、一行は短い休息を取ることになった。
「殿下、お水ですわ」
「うむ、大儀じゃ」
エリーゼから水筒を受け取ったルミナリア王女は、ふうと息を吐きながら軽く汗を拭った。
今日の彼女は、いつもの豪奢なドレス姿ではない。動きやすさを重視した、体にフィットする革と布の軽装だった。
「王女殿下、その軽装にして正解でしたね。コルセットを外したのは大正解だと思いますよ」
ヘンドリックが、職人としての真面目な顔でルミナリアの装備を評価した。
「真層では瘴気の影響で呼吸が浅くなりますから、胸部や腹部を締め付ける装具は命取りになります。それに、無駄な装飾がない今の姿の方が、動きの無駄が削ぎ落とされていて、非常に実用的で素晴らしい機能美を感じますよ」
「ふふっ。迷宮のプロであるそなたがそこまで褒めてくれるなら、外した甲斐があったというものじゃ」
ルミナリアは艶然と微笑み、ヘンドリックの言葉を嬉しそうに受け止めた。
だが、そのやり取りを見ていたサンネが、ルミナリアの胸元をまじまじと見つめて首を傾げた。
「……あれ? 殿下? 誠に不敬ながら……わたくし、お胸のサイズでは殿下に完全に負けたと思っておりましたのに……?」
サンネの率直すぎる指摘に、場の空気が一瞬だけピキッと凍りついた。
ルミナリアの現在の胸元は、エリーゼよりは肉感的ではあるものの、一般的な女性と比べてもかなり細身で、つつましい部類に入る。
実は、彼女が普段王宮で身につけているコルセットは、単なる下着ではなく『王族の威厳増幅魔道具(バスト・ヒップ強制補正仕様)』という国宝級のマジックアイテムだったのだ。
女としてのプライドを抉られ、ルミナリアの顔に一瞬だけ複雑で微妙な表情が浮かぶ。
(ぐぬぬ……やはり女としては、お前たちのように立派な方が見栄えが良いのは事実じゃ……)
しかし、次の瞬間。ルミナリアはエリーゼと視線を交わし、心の奥底で暗黒の笑みを浮かべた。
(ふふん。残念だったな、サンネよ。胸部装甲がデカければ良いというのは素人の浅知恵。このヘンドリックという男が心の底から愛してやまないのは、この無駄のない機能美なのじゃ!)
勝利を確信したルミナリアは、余裕の笑みでサンネに言い放った。
「戦場に不要な飾りなど持ち込まぬ。わらわは実用面を優先しただけじゃ。そなたこそ、その大きな重りが戦いの邪魔にならぬよう気をつけることじゃな」
「むっ……こ、これは重りではありません!」
サンネがムキになって反論する。
そんな女たちの静かで熱いマウント合戦をよそに、ミラは「お肉の保存食、美味しいんだゾ」と一人でモグモグと我が道を突き進んでいた。
また、サンネほどではないものの、バランスの取れた綺麗なスタイルを持つロッテは、「ブラム君、汗拭きますね」「おお、サンキューな」と二人きりの世界に入っており、女の争いなどどうでもいい様子だった。




