緑の中の緑 ②
緑の中の緑から求められるがままに、自分はこれまでの経緯や集めた情報を全て口にした。
全ての始まりとなったネットゲームと、そこで集められた人種も年齢もバラバラな臨時パーティーの十人。
仮想の世界の大陸が現実に出現し、その原因を突き止める為に再びパーティーメンバーと会った。
大陸に存在するダンジョンを調べて攻略して回り、浮島を攻略して、至高神と名乗ったあの男に出会った。
男と戦う事になったが、一方的な戦いとなり負けて、死んだ筈だった。
だが、黒い空間にいた影が自分達十人と同化する事で復活するも、男が放った魔法で大陸と運命を共にした。
そして、自分だけが転生を繰り返す人生を送る事になった。
他の九人は、自分と再会するまで一度しか、記憶を取り戻していなかった。
ベーノ・アウ・マルベーノとは、九人と再会するまでの人生で偶然出会った。
どの人生でも、庇護者がいないか殺されたりして、または迫害された事で暴走を繰り返して、魔剣と化したベーノ・アウ・マルベーノを使い、数多の世界を住人ごと滅ぼした。
九人と再会する直前、魔王と呼ばれた、とある世界の男神に拾われた。ベーノ・アウ・マルベーノの危険性を見抜いた男神は、ベーノ・アウ・マルベーノに関連する自分の記憶と共に封印する事を決めた。
『必要になったら、剣が勝手に封印を解くか、封印が解ける状況になるだろう』
男神はそう言ってベーノ・アウ・マルベーノと自分の記憶の一部を封印した。
「成程。それでベーノ・アウ・マルベーノが長きに亘り行方不明になっていたのか……」
「ベーノ・アウ・マルベーノの封印が完全に解けたのは、コリフェーオが割って入って来たグーフォとの戦闘中。その前に一度戦闘した時に、封印されていた記憶を夢で何度も見た」
「ふむ。グーフォが持つグラーヴォ・カイ・ランツォは魔法を分解し、無力化する。グラーヴォ・カイ・ランツォの能力と、封印してからの時間の長さが原因で、封印が解けたのか? ベーノ・アウ・マルベーノの封印は完全に解けたと見て良いのか?」
「その封印だけど、ちょっとややこしい事になっている」
頭上に疑問符を浮かべた緑の中の緑に、ベーノ・アウ・マルベーノの現在の封印状況について説明した。
封印には修復機能が付いていたが、グーフォの攻撃で半分壊れている事。修復機能が半壊しているせいで、ベーノ・アウ・マルベーノの意識自体は眠ろうとすれば、眠り続ける事が出来る。
封印期間の長さと、封印が半壊している二点が原因で、ヌルの姿にならずとも会話が可能となっている。
グーフォとの戦闘が終了し、ベーノ・アウ・マルベーノと最後の会話をしてから、実に七年近い時間が経過しているけど、呼ばない限り起きない事は確認済みだ。
現時点で判明している事を教えると、緑の中の緑は腕を組んで唸り始めた。
「起きえぬ事が起きている。やはり、ラートの欠片の影響と見るべきか」
「欠片の、影響?」
「ラートの能力は、分類分けするのならば『浸食』だ。最大の特徴は浸食の範囲と浸食の速さだ。時間を掛ければその世界の理にまで影響を与える。数いる審判者の中でも、中の上に近い能力だ」
緑の中の緑の言葉を聞き、自分は愕然とした。
……あの男で『中の上に近い』って、審判者全体のレベルはどうなっているのよ。
しかも、世界の理――概念にまで干渉出来る浸食系の能力で、上に届かないと来た。目の前の派閥の代表だったら、間違いなく上位に位置するだろう。でも、どれ程強いのか想像も出来ない。
「お主に掛けられた禁呪には、対象の魂魄を保護する術式が組み込まれている。魂魄保護の術式と浸食の能力が噛み合い、ベーノ・アウ・マルベーノとお主の魂魄が一体化している可能性も有るのか。これならば、霊力に関する禁呪の『上限が消えている』事にも説明が付く」
「上限?」
緑の中の緑が零した仮説を聞き、上限の意味が解らず自分は眉を顰めた。
「後天的に霊力を得る禁呪には、必ず上限が設定されている。魂魄の内の『魂』に収まり切らない量の霊力を得ると、『魄』の状態を変えてしまう。魂は精神、魄は肉体と分かれているのは知っているか?」
自分の鸚鵡返しのような呟きを漏らさず聞き拾った緑の中の緑は、自分に知識の確認をして来た。自分は一言『知っている』とだけ返して、緑の中の緑に先を促した。
魂と魄の違いについては知っている。
魂は己の意識で、魄は生命力のようなものだと認識していた。
中国辺りで有名な動く死体こと『キョンシー』は、亡骸に残った魄だけで動いているんだったか。
「霊力は『対象の状態を一段階進化させる』、転生の術式同様に、他の時間樹から齎された特殊な力だ。魄に与える影響は凄まじく、審判者になる為の手順を無視して、一時的に肉体を審判者と同様にする事を可能とする」
物凄くとんでもない事を、簡単に言われてしまい、自分は呆気にとられそうになった。けれども、続いた緑の中の緑の言葉が自分の意識を引き戻した。
「一時的に肉体だけを、審判者にしてしまう?」
「そうだ。これは、過去に黒のニーガが行った実験で判明した事だ。実験に巻き込まれた被験者の手によって、実験を実行した審判者を始末した」
緑の中の緑の言葉の終わりを聞いて、自分は内心で首を傾げた。
……おかしい。伝聞ならば『審判者は始末された』と言う筈。なのにどうして、『審判者を始末した』と断言するの?
聞き流してはいけないと思うが、話の腰を折る訳にも行かないので、自分は黙った。
「霊力は肉体だけを一時的に審判者と同じ状態にする。だが、審判者は能力の核をその身に宿して、初めて審判者となる。その過程を無視した場合、僅かな時間で肉体は死に至る」
「死ぬ? 一時的な変化なら、元に戻るんじゃないの?」
一時的な変化ならば、普通は元に戻る筈。何故、元に戻らず死に至るのか。
「そこが奇妙な点だ。けれども、審判者から只人に戻る方法が存在しないのもまた事実だ」
「まさか、進化する方法が存在しても、退化する方法は存在しないって事?」
「恐らくはそう言う事だろうな」
緑の中の緑は自分の考えを肯定した。
……おい、生物は進化と退化を繰り返して、環境に適合するものでしょ? それが進化しか許されないって、審判者はどうなっているのよ……。あ!?
ここまで考えて、何でこんな話になっているのかを思い出して、自分は顔から血の気が引くのを感じた。
「このままだと、あたしは体だけが審判者になってしまう?」
「その可能性は有る。だが、可能性は大分低いだろう」
「それはまた、どうし――そっか、欠片を持っているからか」
自分は起こり得る未来について心配したが、緑の中の緑の否定の言葉を聞いて、可能性の低さに気づいた。
「ラートがお主に残した欠片は、多大な影響を与えた。だが、ベーノ・アウ・マルベーノと霊力に関しては、お主を守った。これだけは事実だ。忌避する事も多いが、恩恵もある。特に、お主が使う術に関しては多大な恩恵をえている」
「恩恵? 具体的に、どの辺りが?」
「術理を構築し、発動させる際、審判者でなければ、発動させた術の効果は『その世界の理の範囲内に限定される』のだ。その世界特有の術――その世界の理に則った術でなければ、本当は発動すらしない。お主の場合、自力で構築した、その世界の理の則っていない術を使用しているだろう? 発動を可能としている要因は、ラートの欠片だ」
「つまり、何? あたしが使用している術って、転生先の世界において『本来は使えないものだった』って事? 欠片を持っていたからどこの世界に転生しても、その世界の理に背いて使えていたって事になるの?」
「理解が速くて助かる」
緑の中の緑の言葉を自分なりの言葉に纏めて口にすると、肯定された。
これまで何気なく使用していた己の魔法の発動条件を知り、自分は肝を潰した。また、その世界においての、魔法の発動条件を知り、己の魔法の異質さについて改めて思い知った。
以前、コリフェーオとの会話から、己の魔法の異質さについて考えた事はあった。だが、本当に異質だとは思わなかった。
口の中に苦いものを感じ始めたので、自分は話題を霊力に戻す事にした。
「肉体が変質化するのに必要な霊力の量?」
緑の中の緑から怪訝そうな視線を貰った。
先程、ラートの欠片を持っていれば大丈夫だと言われたが、何時限界が来るかは不明なのだ。特に、現在進行形で霊力が増え続けている以上、上限だけは知っておきたい。
「念の為に知っておきたい。今のあたしの霊力量は、一度転生するごとに少しずつ増えている。今は封印を重ね掛けして放出量を抑えたりしているけど、封印を完全に解除すると髪の色が完全に変わるぐらいの量がある。そして、霊力のおよそ九割以上を封印しても、髪の光沢の色が変色している」
緑の中の緑に己の現状を簡単に説明してから、自分は霊力の封印を完全に解いた。視界の隅で、黄金に輝き、金の粒子を纏った髪が揺れる。
自分の変化を見た緑の中の緑は息を呑んだ。
「その姿っ、肉体が審判者と化す霊力量を越えているぞ!? 一体何時からそれほどの量に達した?」
「覚えていないけど、結構、前かな? 一度魔族絡みで全部使い切ったけど、あたし自身霊力を余り使わないから溜まる一方なの」
「そうであったか。一度全部使い切ってその姿なのか」
緑の中の緑は顎に手を添えて数秒間考え込んだ。
「肉体が審判者と化してしまう霊力の量は、髪の変色範囲で判断が可能だ。髪の半分以上の範囲が霊力で変色した場合、肉体は強制的に審判者と化す。ただし、魂が変質化していない以上、一日で死に絶える」
顎に添えていた手を下ろしてから、緑の中の緑はそんな回答を口にした。
……髪の変色範囲と、万が一、肉体が変質化した際のタイムリミットが知れた。一日あれば、対処は可能かもしれない。でも、どうせなら任意で切り替える事が出来れば、今後の審判者対策になる。今後転生した先で、他の派閥の審判者と戦わないとも限らないし。
今後の旅で、最大の不安は審判者との戦闘だ。
何しろ、攻撃手段が少ないのだ。
現時点では、ベーノ・アウ・マルベーノと、リッデル改めアヴィーダ・セルポ・ランツォの二つしか攻撃手段が無い。こんな状態であるにも拘らず、青のブルゥアの事を考えると、ベーノ・アウ・マルベーノの使用は控えなくてはならない。
実質の攻撃手段は一つだけだ。けれども、アヴィーダ・セルポ・ランツォは習作だ。完成品と相対した時の事を考えると、攻撃手段は増やしておきたい。
――ここまで考えておいてなんだが、肉体だけが審判者となった状態で、自分の攻撃は通じるのか?
ふと我に返った事で生じた疑問だ。
霊力の封印を施して髪を黒くしつつ、自分はちらりと、正面に座る緑の中の緑を見た。疑問の回答を得て黙り込んだ自分の様子を観察している。
ならばと、自分は緑の中の緑に疑問をぶつけて、今後の審判者への対策案を口にした。
「面白い。肉体の情報を一時的に切り替えるか。審判者への攻撃は肉体が変質した時点で可能となる。切り替えるだけで、対処の幅は広がるだろう」
「ベーノ・アウ・マルベーノの事を考えると、青のブルゥアに絡まれる可能性が高い。レギオには顔を見られているから、遭遇したら襲われる可能性が高い」
「コリフェーオからの報告で聞いたが、お主が我ら緑のヴェーダの協力者と勘違いされている以上、その可能性は極めて高い。元所属とは言え、我が緑のヴェーダに所属していたものが迷惑を掛けたのだ。協力しよう」
「……仮にも、派閥の代表がそう簡単に決めて良いの?」
自分は眉を顰めて、緑の中の緑に尋ねた。確かに迷惑は掛けられたが、派閥の代表が簡単に決めても良い事ではない。だが、緑の中の緑はからからと笑いながら、『構わん』と意見を変えなかった。
「我ら緑のヴェーダの前身だった集団は、世界樹を創った創造神からの依頼で『世界樹内の魔法の技術と知識を蒐集する集団』だったのだ。この活動は今も続けている」
「緑のヴェーダって、元から蒐集家の集団だったの?」
予想外の事を聞かされて自分は目を丸くした。同時に、『そっか、蒐集家じゃ、何を言ってもしょうがないか』と心の中で呟いて諦めた。
「そうだ。創造神が定めた禁呪や禁忌以外にも、数多の知識や技術が集まった頃、己の願望の為に蒐集された魔法の技術と知識を求めるものが集まり、やがて一つの審判者の派閥となった」
緑のヴェーダが一つの派閥と化した経緯を知り、自分は『当初は真面だったんだろうな』と思いを馳せた。
しかし、世界樹を創った創造神が絡んでいた一点だけは予想外だった。
やはり審判者と名乗るだけあり、世界樹全体の事に絡んでいる模様。スケールがデカ過ぎて実感出来ないが、派閥の代表からの言質は取れた。
緑の中の緑に頭を下げて礼を言ったら、二つのお願い事を受けた。
一つ目は『自分が使用している魔法技術を記録に残したい』と言う申し出だった。蒐集家集団だったのだから興味は持つだろうし、断る理由は無かったので承諾した。
けれども、二つ目の内容は意外だった。
「コリフェーオの顔と、グーフォの目?」
「そうだ。コリフェーオは審判者になるよりも昔、誕生した頃から口元だけが異形になっている。形を変えようにも、どう変えれば良いのか判らぬし、何より本人が望んでいない」
本人が望んでいないのならば『変える必要は無いのでは?』と思った。
「だが、各世界の協力者との交流などにおいて、活動が制限されているのもまた事実だ。コリフェーオが顔を隠さずに行動出来るだけで、ユカリの負担が減る。グーフォも同じ理由だ」
緑の中の緑の続きの言葉を聞いて、自分は納得した。
確かに、顔を隠している人間は怪しい。大抵の人は不審者だと思う。紫は顔を隠していないので、活動に適してはいるだろうが、一人で活動をしているのならば負担は大きい。
「あたしの術で干渉が可能なのか不明だし、最悪、幻術を付与した魔法具で誤魔化す形になるけど、良いの?」
「活動の制限が無くなるのであれば、それでも構わん。材料は出す」
確認を取れば、緑の中の緑はそれでも良いと言った。
幻術で誤魔化すと言う事は、その効果を齎す魔法具を作る事になる。緑の中の緑が『材料を出す』と言ったのだから、何かに使う材料を確保している可能性が高い。
だったら、ありがたく使わせて貰おう。
このあと。
緑の中の緑と幾つかの項目について話し合い、もう一度会う約束をしてから、迎えに来たコリフェーオの案内に従って移動した。
コリフェーオとは数年振りに会うが、自分の姿が余り変わっていない事に驚かれた。審判者がこんな事に驚かなくても良いと思うが、知らないと驚くんだね。
石造りの通路内を歩きながら、コリフェーオに緑の中の緑から依頼された事を教えた。
「そんな事を頼まれたのか」
「最悪、幻術を付与した魔法具でも良いって、言質を取ったから大丈夫だと思う。本命のやり方が成功するか不明だし、コリフェーオに術を覚えて貰って自力でやって貰う手段も考えている」
「本格的だな。良いけどよ」
コリフェーオに嫌がる様子は無い。ただ、ちょっと寂しそうだったのが気になる。
自分がここに来るまでの七年間の事についてコリフェーオから質問を受けた。回答しながら今後について考えようとしたが、先ずは目の前の事に集中すべきだと思い止めた。
やる事は多いが、一つ一つ、着実に進めるべきだ。
それに、ここに来た以上時間はたっぷりとある。焦る必要は無い。
現在、コリフェーオと歩いているどこに繋がっているか分からない通路のように、今後どんな道を歩くか分からない。
今、自分に必要なのは備えだ。特に審判者との戦闘を想定した備え。
出来るか分からないが、協力が得られるのならば実行しない選択肢は、自分には無いのだ。




