国守美原野高見様が久我根館に来られます
那加国の中将様がお帰りになると、ほっとする間もなく、あたしの裳着の式の準備が始まる。
侍女達も大忙しなのだが、あたしに届いた大量の贈り物があり、今まであたしが使っていた着物や道具類、似つかわしくない物は侍女達にお下げ渡しになる。
忙しい侍女達に対する臨時ボーナスなのだろう。
すずちゃんもまつ様も、着物や道具を貰って嬉しそうだ。
相変わらず刀自様はお忙しそうにあちこちに出掛けられている。
高価な贈り物のお返しに駿馬を使われることが多く、馬の牧場は四郎様と栗山様の管轄なので、西の対や栗山館まで出掛けられているようだ。
今回の裳着の式は、その後の結婚式を兼ねずに単独で行うと刀自様が言った。
その時に誰かと結婚させられなくなったので、あたしはそれを聞いてほっとする。
裳着親をなさる国守様は、式の前日に久我根館に来られるそうだ。
式の手順を刀自様と相談されるらしい。
国守様が久我根館に滞在するのも初めてで、これは大変な名誉だと、まつ様は鼻息も荒く言う。
あたしは毎日習字と琴の練習を頑張っている。
そして、この世界に来て初めて髪を洗ったが、何人もの侍女が手伝う大変な作業だった。
木の桶に少しトロッとした液が入っていて、それを布に付けて髪を拭いたり、櫛で髪を梳いたりするだけだが、髪が長いので少しずつ小分けにして洗う。
汚さないように着物を脱いで単衣だけになるのは、暑い時なので気持ちが良いが、冬では寒くて堪らないだろう。
ドライヤーで乾かせないので、自然乾燥するせいか、いつまでも髪がジットリしている。
あたしはサラサラの髪が良いのだけれど、こういうシットリと黒光りしている髪が美しいのだそうだ。
「かぐや様のお髪は本当にお美しい」
「カラスの濡れ羽色とは、かぐや様のお髪の事」
「このような髪をお持ちなのは、誠に尊き有様でございます」
侍女達にとても褒められるけど、背中に流れる髪の様子も自分では見えないし、それ程のものか、と思ってしまう。
髪を洗うのは綺麗にするのと同時に、裳着の式の前に身を浄める意味があるそうだ。
そして遂に、国守様の美原野高見様が久我根館においでになられた。
午後の遅い時間になっている。
国守様は久我根様の案内で中央の寝殿に入ってこられる。
国守様が裳着親をなさるので、国守様よりあたしの着物一式と裳を贈られた。
それが中央の衝立に広げて掛けられている。
さすがに国守様の贈り物だけあって、着物も裳も高そうな布地が使われている。
今回は今までのどの訪問者よりも随行者が多い。
ただし、殿様方の中では三の殿高至様だけがいらしている。
三の殿様は明日、日見国の特使として鹿耳国に出掛けられるそうだ。
特使という重い御役目のせいか、緊張しつつも張り切ったお顔をされている。
今日は公家の化粧をしていないので、北欧の王子様に見える。
母屋の中央に座られた国守美原野高見様に久我根様が長々と挨拶を始める。
今夜は明日の裳着の式の前夜の宴だ。
あたしは几帳越しに国守様を観察する。
国守様はそれ程背は高くなく、お顔もあまり彫りは深くない。
公家の化粧をされていて、何処と言って特徴のない顔だけれど、一つだけ目立つ特徴がある。
小鼻の横に大きな黒子が有って、そこから長い毛が二本生えている。
国守様はその毛を手で捻るクセをお持ちだ。
「国府美原でも、かぐや様の夏の夜の謡が大層評判で、評議の折にもこれ見よがしに扇を出す者が多いのじゃ。
余も是非夏の夜の謡と舞を見たければ、かぐや様に所望いたす」
国守様がそう望まれるのは通知されていたので、あたしも三の殿高至様より頂いたベールと冠を被り、手には一の殿高継様より頂いた螺鈿の扇を持っていた。
刀自様と振り付けを相談して、あまり派手ではなく舞い、最後は睨まずに国守様の前に座ってお辞儀をすると決まっている。
あたしが膝でズリズリと前に進み出ると、その場がシーンとする。
あたしは最初に国守様にお辞儀をすると、立ち上がって歌う。
「夏の夜は......まだ宵ながら......あけぬるを......雲のいづこに......月やどるらむ......雲のいづこに......月やどるらむ」
節を付けて歌いながら扇を翻して舞う。
前回どのように踊ったのか、全く覚えていなかったので、我ながら適当な振り付けだ。
最後の「雲のいづこに......月やどるらむ」を歌った時、何人もの人があたしの歌に合わせて声を出して歌う。
歌い終わって国守様の前に座ってお辞儀をすると、盛大な拍手や感嘆の声が挙がる。
国守様から機嫌よくお言葉を頂く。
「評判通りの素晴らしき謡と舞であった。褒めてつかわそう。こちらへ」
あたしはズリズリと膝で国守様に近付く。
近付くと、国守様の黒子の毛が息でフルフルと震えるのが見える。
「なるほど、噂以上の美しき姫かな」
国守様が低い声で呟きながら、あたしをじっと見詰める。
「余が裳着親を為すからには、かぐや様はこれより余が姫と心得よ。かぐや姫様と申すが良い」
あたしは『久我根館のかぐや様』から、今度は『日見国のかぐや姫様』に出世したらしい。
「これへ持て」
従者が細長く四角い箱を捧げて来る。
国守様は箱を開けて、中から錦織りの袋を取り出す。
「これは日見国の国守の子にのみ授けらるる護りの懐刀ぞ。余が手で与えよう。近う寄れ」
あたしは更に国守様の手が届くくらいに近付く。
国守様はあたしの顔を覗き込むようにされ、肩に手を掛けて、着物の胸元に錦織りの袋を差し込もうとした。
その時、あたしの胸元から電撃が走り、国守様と袋に入った懐刀をはじき飛ばした。
あたしのスマホがまた光ったようで、あたしの胸元から明るい光が飛び出ている。
「これはっ!」
国守様は一メートル以上後ろに飛ばされて、驚きのあまり尻餅をついている。
国守様の護衛の武者が刀を抜いて立ち上がり、いつの間にか巽様があたしの前に出て、手を広げて庇ってくれている。
刀自様が急いで前に進み出る。
「かぐや様は月の国の護符をお持ちで、かぐや様に触れる殿方を弾かれるようなのでございます。
以前勿体なくも三の殿高至様にも同様な事がございました。
刀自の配慮が足りずに、国守様には大変なご無礼をいたしました。
伏してお詫び申し上げます。
刀自の咎にて、かぐや様をお叱り無きように。
どのような罰でも、刀自の命でも甘受致します」
「いや、刀自様の誠は余は良く存じておる。大事ない」
国守様は痺れた手を握ったり開いたりしながら答える。
高至様も横から口添えする。
「国守様、かぐや様には害意はございませぬ。わたくしも一度同じ事がございましたが、長年悩まされし頭痛がすっかりと治り、かぐや様には大層感謝いたしております」
「月の国の姫様と言うは真実であったのだな。宜しい、我が国の護符は箱に入れて側に置かれよ。
しかし、日見国の姫様であることも忘れぬように」
国守様の警備の武者は刀を収め、巽様も後ろに下がる。
刀自様とあたしは国守様に平伏して「有り難き幸せでございます」とお礼を述べる。
あたしが国守様を弾き飛ばしてしまったけれど、刀自様や高至様がすぐ庇ってくれたし、巽様は刀自様の後に居たのにあたしの前に来てくれた。
本当にあたしは皆に護られているのだと実感したのだ。
あたしはその後直ぐに退出したのだけれど、刀自様は後で国守様に呼ばれたようだ。




