日見国の国守美原野高見様の遠謀
余は日見国の国守であれば、主に国府美原で過ごし、臣下の家に行幸するは珍しき事なり。
今回初めて久我根館に行くは、刀自様の養女の裳着の式の為であると同時に、那加国にかぐや様を輿入れさせ、那加国に打撃を加える謀略を為すためでもある。
余は、国守のみに許されし輿にて朝早く美原を出立し、日の暮れる前には久我根館に着いた。
久我根館は南の迎賓館として特使や殿様方も泊まる館で、余の屋敷程では無いが富貴なる館であった。
久我根様の長々しい挨拶よりも、余は早く美女と名高きかぐや様の舞が見たい。
国府でもかぐや様の噂が高いのだ。
静々と現れしかぐや様は、噂通りの、いや、噂より遥か上の神々しき程の美しさである。
黒光りする漆黒の髪は長く背に掛かり、天女の如く舞う度に髪の裾が揺れる。
高く清らかな声で夏の夜の謡を歌うと、その妙なる調べに恍惚となる。
黄金の冠は、かぐや様のお顔の周りを光で飾り、扇がひらひらと翻る度に尽きせぬ幻を見るが如くであった。
見た殿方を総て魅了し、虜にしてしまうというかぐや様の尽きせぬ魅力は余をも捕らえた。
余の息子達もそろって嫁取りたしと願うも合点が行く。
余でさえ第一のお方様がもう少し穏やかな方ならば、側に置きて愛でたき姫だ。
あたら美姫を、他の国に遣るは無念だが仕方が無し。
余が裳着親となるので、かぐや様には日見国の国守の子として護符を与えねばならぬ。
名のある刀匠が鍛えし懐刀がその証である。
刀には輝く陽の光が刻印されておる。
その刀が入りたる護り袋を、余が自らかぐや様の懐に収めんとして、かぐや様を間近に呼びてその顔を覗きたれば、漆黒の瞳は余を捕らえて離さぬ。
かぐや様の細く柔やかなる肩に手を添え、懐に護り袋を入れむとした瞬間、余が身体は雷に撃たれた如き衝撃に一間ほど弾き飛ばされ、後ろ様にのけ反りたる。
何事が起こりたるか解らぬうちに、余が護衛の武者が刀を抜きて周りを囲み、かぐや様の護衛が手を広げてかぐや様を護りたり。
一触即発の険悪な雰囲気の中で刀自様が慌てて謝罪し、三の殿も口を合わせたが、もとより余はかぐや様を罰しようなどは思わぬ。
逆にかぐや様がまさしく月の国の姫であり、姫を害そうとする者には厳しき罰が下るという証を見たのだ。
傾国の美女たるかぐや様は、国の中に置けば内乱の種となるが、うまく敵中に送れば、またと無き必殺の兵器となり得るであろう。
余は早々に宴を終わらせ、人払いをして刀自様と密談する。
「刀自様、これから極秘の相談を致す故、誰にも口外為されぬようにくれぐれも申し付ける」
「はい。畏まってお聞き致します」
「かぐや様は那加国の中将様に輿入れする。一月ほどで那加国にお送りするように用意致せ。
使う費は余が総てを支払う故、抜かりの無き様に」
「はい。畏まりました」
「それからここからが大事だ。刀自様とかぐや様が見知っている護衛の武者を一名付けよ。
誰か口の固き武者の心当たりは有るか」
「はい。ございます。先ほどかぐや様の護衛に出ました久藤巽が最適と存じます。
今も刀自の護衛として外の廊下に控えております」
「それではその武者をここに呼ぶのだ」
刀自様が立って外に控えていた若武者を連れて戻る。
「久藤巽、参上いたしました」
「よし。近くに寄れ。これから余が語る事は決して誰にも明かしてはならぬ。
己の心の裡にのみ秘めて置くのだ。
もしこの謀がうまくいけば、望みのものはなんでも取らせようが、誰かに話して計画が漏れれば、重罰に処される事を覚悟せよ」
「はい。承ります」
「良いか。そなたはかぐや姫様の護衛となりて那加国に行くのだ。かぐや姫様は中将様に輿入れされる。
そこでだ。中将様が余との約束通りに一早瀬川以北の領地を明け渡し、多額の贈答をされればそれで良い。
しかし、約束を違えれば直ちにかぐや様を害し奉るのだ」
久藤巽と言う武者は、それまで黙って余の言葉を聞いておりしが、最後の言葉でハッと顔を上げる。
「月の国の姫様のかぐや様を害し奉れば、月の国より軍勢が押し寄せて、害した国を滅ぼすという。
月の国の軍勢が那加国を滅ぼした後で、日見国は旧領を回復し、上手く行けば那加国まで手に入れられるのだ」
刀自様も難しい顔をされている。
「かぐや様は刀自様の実の娘には非ずして、月の国より降りて来た姫に過ぎぬではないか。
このままかぐや様が日見国にいれば、殿様方の争いを生じ、内乱の種となる。
しかし美男の中将様に輿入れされればかぐや様もお幸せであろうし、中将様が約束を違え無ければそれで納まることだ。かぐや様を害するのは、最後の手立てと思っておれば良い」
若武者は下を向いているので、内心は知れない。
「ここまで話したからは、この指示は余の命令であり、拒むことは出来ぬ。黙って命令に従うのだ」
「......はい......承知いたしました」
「よし。頼んだぞ。日見国の命運がかかっておるのだ。くれぐれも秘密裏に行うのだ。
かぐや様にも不審を抱かれてはならぬ。以前と同様にお仕え致すように。
余の腹心の侍女をかぐや様に付ける故、余計な事は考えぬが良い」
余は二人を下がらせ、侍女を呼びて美味い酒を注がせる。
もうこれで日見国の勝利は決まりたるも同然である。




