此春三郎様は心がざわつきます
何かがおかしい。
何処がどうと言えぬが、妙な気配がする。
こちら側はまだ青空で陽の光も射しているのだが、遠くで稲光と雷鳴が轟き、次第に黒い雲が空に広がりて来るような気味の悪さを感じる。
我は日見国にこの武者ありと知られし此春三郎にして、日見国の南の関を護る重き御役目を持ちている。
那加国との国境は、初めには一番南の一早瀬川であったが、数度の争いの後、二早瀬川まで退却を余儀なくさせられた。
今、我の西の館に一番近きは三早瀬川だが、この川だけは何としてでも死守せねばならぬ。
那加国より日見国の国府まで大道が通っておるが、二早瀬川に架かる橋の関所と三早瀬川の下流にある堰は日見国の防御の要である。
その一早瀬川と二早瀬川の間には、那加国の開拓民が入植し、農地を次第に広げている。
もと居た日見国の民は西や北の痩せた土地に追いやられた。
痩せた土地の傍に那加国は広大な鷹狩場を作り、今そこに那加国の武者や兵士が続々と集まりているという。
我は不穏な気配を感じて随時偵察の者を放ち、移り変わる状況を報告させている。
その那加国の軍の中枢である中将様が、日見国の第一のお方様のお招きで久我根館に滞在される。
どのような意図を持って日見国に来るか不明だが、こちらとしても、敵国の軍の要職にある者の力量を推し量れる良き機会だ。
歓迎の宴で見た中将様は猛々しき武者ではなく、色好みという噂に違わぬ恰幅の良い美男であった。
然しながら、自信満々で驕り高ぶり、鼻持ちならぬ傲慢なる男に相違ない。
何故侍女達はあのような男の外貌のみに騙され、本心を悟らざるか。
久我根館の歓迎の宴では、我も末席に連なりしが、国府より楽士や舞手を呼ばれた華やかなる宴であった。
中将様は両脇に舞手を侍らせて色男ぶりていたが、侍女や舞手にどれほどご機嫌を取られても煩しそうな態度を隠さなかったのは、久我根様のご接待を蔑ろにする無礼である。
それにしても、かぐや様は素晴らしき声で謡を歌われ、華麗なる扇を用いて美しき舞を舞われた。
今でも目をつぶれば、あの謡と舞が蘇って来る。
かぐや様はお文のお返しに、歌われた夏の夜の謡を書かれた扇を返される。
その扇を貰いたる者は、得意顔して見せびらかす。
我もかぐや様の扇が欲しくてならぬ。
「わたくしが書きし歌の扇をお贈り致したではありませぬか。あれも同じ白き扇でございます」
あかね様はこう言って、かぐや様に文を送ることを許してはいただけぬ。
中将様が那加国に帰るお別れの宴では、かぐや様は螺鈿の扇を持ち、紗と黄金の冠を被りて歩き去られた。
以前の謡や舞も心に残るものだったが、今回のお姿も、実に奥ゆかしく目にも煌めくお姿であった。
満場の男達はあまりの美しさに声もなく見送りしが、かぐや様を得たいと総ての者が思ったであろう。
その後、酒が回ると皆勝手なことを言いだし、危うくつかみ合いの争いになるところであった。
始まりは、三の殿様の
「やはりかぐや様は我が鹿耳国の冠が良く似合われる」
という一言であった。
「何を申される。我が贈りたる扇を使われた舞が素晴らしかったではないか」
そこに中将様が割って入られた。
「そのようなただ一つの贈り物を誇られるとは。絶世の美女に相応しき一番高価なる贈り物をしたのは誰か」
刀自様が殿様方をとりなされる。
「贈り物は有り難き物でございます。皆その中に贈る方の思いが込められておるからでございます」
「わたくしはかぐや様のお顔の周りを飾る美しき冠を贈ったのだ。それをつけて、かぐや様がより美しく見えたではないか」
三の殿様高至様は、あまり人と言い争わぬ方であるが、酒に酔われたのか言い募られる。
「何を言うか。我が扇はかぐや様のお手に触れて蝶のように舞ったのだ」
一の殿高継様も負けてはいない。
「わたくしは女人が好まれる品々をよくわかっておる。かぐや様はわたくしが贈られた抹香を全身に纏われていたではないか」
中将様も参戦する。
刀自様はため息をつきつつ言われる。
「どなた様の贈り物も、かぐや様は有り難く頂いておりますし、それぞれ身にも付けております。
お返しの品やお文もそれぞれにお渡ししているではありませぬか」
三人の殿様方はどなたもお引きにならず、口論が熱して行きそうになった時、三の殿の侍女が高至様に近づき何やら告げると、高至様は急にご機嫌を直される。
「刀自様、全くそうである。どのような贈り物でもかぐや様が使われればそれだけで尊いのだ。
まさしくかぐや様は姿形が美しきのみならず、清廉にして高潔な、人を容姿や貧富で差別などせぬお方なのだ」
高至様がお顔を紅潮させて語られるのを見ると、後のお二人は白けた顔をなさって、口論も止んでしまった。
しかしその夜、かぐや様がお休みの北の対の前で、一の殿様と三の殿様の再びの争いがありしと侍女に聞いた。
余りに美しき美女は男の心を惑わし、嫁取りの争いにもなるのだ。
傾国の美女とは国の宝でありつつも国の重荷でもあろうか。
翌日中将様は那加国に帰られたが、密かに後を追わせると、大道から外れて鷹狩の地に赴かれた。
更に国府から西関様に通知があり、裳着の式の後で三の殿高至様が鹿耳国へ同盟を結ばれる為に出かけられるので、五名程の警備の武者を貸し出せとの事だ。
この風雲急を告げる今、何故に三の殿高至様は鹿耳国に行かれるのか。
何かがもやもやと我が心を落ち着かなくするのだ。




