夏の夜の扇が大流行です
手紙の山を前にして、刀自様とまつ様がお返事を書いていると、また新しいお手紙が届けられる。
手紙にはお花や贈り物が付いているので、刀自様の居間は物で溢れて来る。
「かぐや様、かぐや様もお返事をお考え下さい。余りにもお文が多過ぎて手が回りませぬ」
まつ様が悲鳴のように言われる。
ゆうべほとんど寝ていないそうで、歌が考えられないと刀自様に訴えている。
「いい事を思いつきました。お返事は白い扇に夏の夜の歌を書いてお返ししたらどうでしょう」
あたしは思い付いた考えを話す。
アイドルが貰ったファンレターやプレゼントのお返しに、自分のサイン入り色紙を返すような話だ。
「......うむ......かぐや様の思いつきにしては良い事を話された。白き扇を有るだけ集めよ」
早速白い扇が大量に集まる。久我根様のお方様かすみ様や西の対にまで侍女達が扇を集めに行ったようだ。
「侍女も手分けして夏の夜の歌を書くのだ。まずかぐや様、夏の夜の歌をお書き下され」
あたしは毎日すごく努力して草書の練習をしているのだ。
実力を刀自様に見せるチャンスだ。
「夏の夜は......まだ宵ながら......あけぬるを......雲のいづこに......月やどるらむ」
姿勢を正して丁寧に書く。
恥ずかしながら『宵』という字はまつ様に聞いて書く。
結構キレイに書けたと思うけど、平面の紙に書くのとは違って扇に書くのは難しい。
「実に気持ちの良い歌でございますな。このような優れた歌をご存知であるのに、字の拙きは残念極まりなし」
刀自様はあたしの字に対して点が辛い。
「これは未だお返事として外に出せる字ではありませぬ」
刀自様は扇を自分の懐に入れてしまう。
侍女も手分けして書き、三十面の扇が出来上がると、刀自様が上手に書けている扇を選り分ける。
お手紙をくれた人の身分や立場によって返す扇を決める。
勿論ちゃんと普通の手紙の形式でお返ししなければならない殿様へのお手紙は、別に書くのだ。
お返事を出す前に、三の殿高至様からまたお手紙が届く。
高至様はご自分が一番先にあたしに求婚したのに、後から一の殿や二の殿、那加国の中将様まで求婚されるので焦っておられるようだ。
恋文がどんどん切迫した文章に変わって来ている。
「お返事を頂けないのは新しき方に心をお寄せになったからでしょうか。ずっとかぐや様一筋に思っているわたくしを憐れと思し召さば、どうか一言でも、憐れとだけでもお書き下さりませぬか」
「お文をお読みするわたくしですらお気の毒に思われますが、高至様のお気持ちの強さもあのご容貌では叶いますまい」
まつ様は高至様に同情しているのか、貶しているのか不明だ。
刀自様の指示で、中将様や一の殿様、三の殿様には色よい返事は一切ださず、でも失礼にならないように儀礼的で丁寧なお返事を書くことになる。
書き終えた手紙はまとめて従者が送り届ける。
刀自様はまたお忙しそうに北の対から出て行かれる。
あたしが刀自様をお見送りしていると、刀自様は北の対の入り口に控えていた巽様に近づいた。
あたしが書いた扇を差し出される。
「巽様、かぐや様が書かれし扇ですが、字が未だ拙くて他の殿方には差し上げられませぬ。捨てるも惜しければ巽様がお使い下され」
「有り難く頂戴いたします」
あたしの字が下手くそだから巽様にあげるって、刀自様色々と失礼な事してますよね。
でも、後ですずちゃんが聞いてきた情報によると、巽様が貰った扇は侍所でとても羨ましがられ、見せてほしいとか、高い値を払うので譲ってほしいとか、大評判になったのだという。
巽様は全部断って、誰にも扇を見せないそうだ。
他にも歌が書かれた扇をお返しに貰った殿方は(侍女が書いたとも知らず)かぐや様からのお返事の扇だと他の方に見せびらかしていると言う。
そのため、お返事の扇欲しさに、更に殿方よりのお手紙が届いてしまう事になって、刀自様の頭痛はなかなか治らない。
国府に一晩泊まって帰られた中将様は、既にこの扇の件を知っていて、「なぜわたくしには扇を頂けないのでしょう」と抗議される。
勿論一の殿様、二の殿様、三の殿様からも扇のお返事が欲しかったと、ゴネられた。
刀自様は此春様やあかね様、栗山様までお使いを出して扇を集められる。
その中から一番綺麗なものを選び、一番字の上手なまつ様に夏の夜の歌を書かせて殿様方に扇を渡された。
中将様は明日お帰りになるので、今夜は久我根館でお別れの宴が開かれる。
国府から一の殿高継様と高至様も接待役として来られた。
高至様は無理矢理付いて来られたらしい。
お別れの宴なので、今夜は謡や踊りは無い。
久我根様が長々とお別れの挨拶をされる中、主だった殿方は皆同じ白い扇を出して、嬉しそうにあおいでいるのが妙だ。
「国守様や一のお方様、殿様方や久我根様には大層なおもてなしを頂き、わたくしは感謝に堪えませぬ。
かぐや様には美しき謡と舞を披露いただき、誠に感激致しました。
かぐや様が裳着の式を終えられれば、是非とも直ぐに那加国においで頂きたい。
那加国の国府は豊かで華やかな土地で、かぐや様はきっと気に入られるに違いありませぬ。
中将が心よりおもてなし致します。
おいでいただく時はわたくしが軍を揃えて国境までお迎えに参ります」
中将様はあたしを那加国に招待された。
那加国は大国で華やかな国府だそうだから、一度行ってみたいけれど、帰れなくなったら大変だから行くことは無いだろう。
一の殿高継様と三の殿高至様が中将様を睨んでいるのは、気のせいだろうか。
お別れの挨拶が終わると、あたしや侍女は北の対に下がる事になっている。
今夜は高継様と高至様がいらっしゃるので、頂いた扇を持ってベールと冠を被って退出する。
中将様から頂いた抹香は線香臭くなり過ぎるくらいに、着物に焚き染めてある。
刀自様からくれぐれも余計な事はしないようにと言われているので、すずちゃんに着物の裾を持ってもらって静々と退場する。
あたしがベールと冠を被った姿は、この場にいる人はほとんど見た事が無かったせいか、シーンと黙ってあたしを見ている。
高至様はとても嬉しそうだ。
あたしが母屋から去ると、また部屋の中は賑やかになった。
刀自様の言い付け通り、あたしは北の対の塗籠に入る。
しばらくすると、高至様のお手紙を持って、金髪美少女侍女のさや様が来た。
北の対の入り口には警備役として栗山六郎様が控えていました。




