久我根館の刀自様の困惑
全くかぐや様と巽様は、何を考えているやら、刀自には訳がわからぬ。
あかねに尋ぬれば、巽様とかぐや様は相愛の仲だと言うし、すずに尋ぬれば、やはり恋文を交せし仲だというが、二人が密かに逢いたる事は一度も無いばかりか、親しく手を取りて話したことも無きと言う。
かぐや様が、巽様の手を握りて泣きながらご祈祷された時に、初めてお手を触れられたそうだが、巽様が息を吹き返し意識を取り戻されると手を離された。
かぐや様が巽様をお見舞いなさる時は、側に寄りて話されるが、お互いのお顔は見交わさぬ。
果たしてこれで恋仲となりたのだろうか。
恋仲なれば何を置いても逢わむとするものを、巧者なる恋文を交わしながら、まだ一度も手も握らずとは、都の風流なる恋とは、奇っ怪なるものかと他人事ながらもどかしい。
刀自が若かりし頃ならば、恋慕したれば我から......いや、何......そういえば久我根館にも巽様に抱き付きたる強者がおりしか。
かぐや様にその欠片でも思い切りが有りせば......うむ......やはり月の国の尊い姫様では難しかろう。
巽様はかえでが躾したる故に、礼儀正しきが行き過ぎたるか。
或いは神官として長く過ごされしに、女人禁制が身につきたるか。
今の世は昔とは変わりて、まず雅なる文を渡し、仄かに楽の音を聴き、あれこれと面倒なる駆け引きをするが恋の醍醐味だと言う。
常々息子達には(刀自様、今は昔とは時代が変わっております)と言わるるが、懸想する心持ちに時代などあるものか。
もしお二人が真実に相愛の仲ならば、刀自は他の反対を押し切りても縁を結ばせてやりたきが、肝心のお二人が煮え切らぬ。
ぐずぐずしておるうちに、国府より美原野高至様が来られてしまいたるではないか。
貴重なる黄金の冠も頂き、高至様自作のお歌まで頂けば、かぐや様が高至様に輿入れされると決まったも同然ではないか。
かぐや様の裳着の式を早く、と高至様が仰せられしは、成人を早めて輿入れも早くせよ、とのお考えである。
国守様の三の殿であれば、久我根館の姫といえどお断りする無礼は許されぬ。
かぐや様にお気の毒なのは、高至様のような化け物じみた方と縁を結ばねばならぬことだ。
あの青き目でこちらを見られると、何とも薄気味が悪く、背がザワザワとする。
性格がお優しい方なのが幸いであるが。
さて、今日は国府に行きて国守様にお目通りを願い、かぐや様を養女と為し、巽様の館を造る許し状を頂かねばならぬ。
前の襲撃がありせば、刀自一人に武者を五人も率き連れて、早駆けで行くのだ。
巽様に占いて貰いしお陰か、本日は朝から天気も良く、たちまちの間に何事もなく国府へと着く。
国守様に献上品の目録を捧げ、長々しい挨拶を終えると、国守様はご機嫌よく近くへと刀自を招かれる。
「久我根の刀自よ、良く来られた。先日の襲撃では大事なかりしか」
「国守様にはご心配を頂き畏れ多きことでございます。
神仏のご加護が有りましたか、大丈夫でございました」
国守様の近くに、大神官様が座っておられたので、わざと佛の名を出したのだ。
やはり大神官様は嫌な顔をされた。
「刀自の願い事は総て聞き届けよう。久我根の養女の裳着の式も早く執り行うが良かろう。
久我根館にて裳着の式を行う時には、余が裳着親となろうぞ」
国守様の近いご親戚でも無き刀自の養女の裳着の式に、国守様が裳着親になると言われるは、前代未聞である。
刀自も国守様がかような事を言い出されるとは、全く予測すらできぬ。
「国守様が裳着親をなさるとは、何と思し召されしか」
その場にいる他の家臣も驚きたる顔をしておるので、国守様が独りでお決めになった事であろう。
「三の殿が久我根館のかぐや様をいたく気に入られ、すぐにも一のお方様として迎えたしと言いしが、一の殿、二の殿も同じ望みを言われる。いずれ余が舅となるのであれば、かぐや様の裳着親となりても不思議無かろう」
そこまで国守様が仰せならば、刀自は何も言えぬ。
「大層有り難く承りました。期日を承りたく存じます」
「大神官様に占いて頂こう。一月ばかり後で良き日を選び給え」
国守様は大神官様の方を向いて言う。
「畏まりました。よき日を選びて後にお知らせ致します」
あの青瓢箪は上の者には恭しく丁寧だ。
平内が捕らえられし時に、大神官様も審問を受けたると聞きしが、上手く言い抜けしか、あの狸めが。
用件が済みたる後で、共に国府に率いて行きし武者を国守様にお目通りさせる。
国守様より盃を頂くが、武者にとっては有り難き光栄の極みであり、生涯の記念となるのだ。
その後、国守様より下賜されし品々と、一の殿様と二の殿様からのかぐや様への文と共に久我根館へ戻りたる。
今回は襲撃などは無かりせど、頭の痛き難問を幾つも抱えて帰る事となりぬ。
今回の国府行きは、馬を早駆けさせて日帰りの強行軍なので、体調が完全ではない巽様は留守番でした。
栗山館の六郎様は同行を許され、国守様よりお目通りの記念の盃を頂きました。
すっかり感激して、家宝ができたと喜んでいます。




