本格的な歌のお手紙を頂きました
美原野高至様は久我根館に一晩泊まってから国府に帰られた。
帰る前にもう一度あたしに会いたいと言われて、母屋の寝殿に刀自様と参上する。
あたしは昨日と同じ着物を着ているが、金の冠は被っていない。
お人払いされたのか、今日は高至様の周りに人が少ない。
あたしの侍女はすずちゃんだけだし、高至様の側には美少女の侍女さや様だけだ。
刀自様は長々とお別れの挨拶を述べる。
高至様は機嫌の良いお顔で頷かれている。
「ゆうべも今朝も頭痛が消え、今日は久しぶりに気分が良い。かぐや様のおかげじゃ」
「それは良うございました。高至様には珍しく美しき冠をお譲り頂き有り難き幸せに存じます」
刀自様が頂いた冠のお礼を言う。
いつも刀自様は、頂いた品物の価値以上のお返しをされるそうだ。
「刀自様は早々に国府に参上されて国守様より養女の許し状を頂き、かぐや様の裳着の式も急ぎ執り行うが良かろう」
「はい、仰せの通りに致します」
高至様は席を立つと、几帳で隔てられていたあたしに近付いて来て、顔が見える位置で立ち止まる。
あたしは作法通り俯いている。
「お顔を挙げられよ」
高至様が言われる通りに顔を挙げる。
背が高いので、几帳の上から半身がはみ出して見える。
......今日も残念な公家の化粧をした、白壁の王子様だ。
「まさしく聞きしに勝る美しき姫よ。今日は一層優美さが輝きたる。国府に参られるのを待っておるぞ」
そう言われると、従者を呼んで高至様はお帰りになった。
訳がわからない。
何をしに高至様は久我根館にわざわざ来られたのだろう。
今日もお呼びがかかったのは、あたしの素顔を確かめたかったからだろうか。
ベールを被っていた時ならまだしも、素顔のあたしを見て美しいと言ったけど、ご自分の素顔と較べたら、あたしを見て綺麗って言えないよね。
だけど、あたしも高至様の美貌を見てとても綺麗だと思うけど、違和感のほうが大きすぎてちっとも心がときめかない。
巽様を見た時のようなドキドキがないのだ。
もし、高至様が武者で化粧しないお顔だったら、ドキドキするんだろうか。
ちょっと想像してみると、化粧しない方がずっと素敵でときめいてしまうかもしれない。
すずちゃんにも訊いてみる。
「ねぇ、すずちゃん。すずちゃんは高至様のことをどう思った?」
「どうもこうも、気高き国守様の三の殿様でございますから、わたくしごときが申し上げることは何も」
「だから、内緒で、本当のことを教えてほしいの」
あたしは更にヒソヒソ声になる。
「そうでございますね、はっきり申し上げれば、お目が青き所が薄気味悪いというか、髪も老人の様ですし、鹿の耳にそっくりで、背が高すぎるのも旗竿の様でございます」
すずちゃん、それは遠慮無さすぎる。
「じゃ、侍女のさや様はどう?とっても綺麗な人だったじゃない?」
「いえ、かぐや様の方がずっとお綺麗でございます。何故あの侍女が美しいと思われますか?」
やっぱりこの国の美的基準はおかしかったのだ。
次の日には美原野高至様からあたしにお手紙が来た。
大きな山吹の枝が何本も添えられている。
お手紙は薄い水色の綺麗な和紙で、きちんと畳んで漆塗りの細長い箱に入っていた。
これが正式のお手紙で、あたしが巽様に渡した、反故紙に二行だけの結んだ手紙なんて失礼だったのだ。
高至様からのお手紙なので、失礼がないように刀自様の監督付きだ。
残念ながら、やはりあたしにはまだ読めないお手紙だったので、刀自様に読んでいただく。
「御駒山......流るる雲の......輝ける......久我根のをとめ......忘れやはする......」
おおおっ、本当に歌の手紙だ。
歌が上手いか下手なのかは判らないけれど、書いてある字は草書体で凄いと思う。
「ふんっ、こんなものか」
刀自様っ、お声が大きい。本心だだ漏れですが。
「お返事を致さなければなりませぬ。かぐや様は歌の上手にて、ご自分で書かれませ」
あたしが歌が上手いなんて誰に聞いたのだろう。
あかね様が話したのかも知れないけど、あたしはただ、百人一首の歌を思い出しただけなのだ。
そんなズルをするから、あっという間にブーメランで、自分で歌のお返事を書くはめになるんだ。
「いいえ、刀自様、高至様に失礼な手紙を書いてしまうと大変なので、刀自様が書いてください。仮名もまだ綺麗に書けないし」
「確かに手跡はまだまだであったな。では侍女に失礼の無き様に書かせよう」
良かった。下手なお返事を書いて刀自様に恥をかかせないで済んだ。
あたしがその後で巽様をお見舞いに行った時、刀自様も立ち寄られた。
「巽様、刀自が国府へ行く良き日を占い下され。平内様も大神官様も国府に行かれお戻りになりませぬ。
此春神社は侍童一人残りたるままでございます」
「畏まりました。そうであれば早速に占いましょう」
高至様から頂いた冠のお礼の品と一緒に、国守様への献上品は荷馬車で国府に送られている。
襲撃を警戒して、刀自様は警護の武者と一緒に馬を走らせて行くそうだ。
前回は国府に泊まる予定だったが、今回は泊まらずにその日に帰られる。
「この度は、かぐや様の養女のお許しと、巽様のお屋敷の許可状を頂きに国府に参ります」
「わたくしのお屋敷でございますか。あまりにも勿体ない仰せでございます......」
巽様は本当に恐縮している。
「久我根館より北側で久我根沢の近くにと思うておる。
此春三郎様の西の館と同じ程の小さい屋敷になろうが、来年の末までには建つであろう。
済まぬがその屋敷で久我根沢と久我根一族をお護り頂きたい」
「わたくしはこのお屋敷で武者としてお仕え出来るだけで、刀自様の恩恵と有り難く存じております。
それ以上のことは望みませぬ」
「巽様の心持ちは良く存じている」
刀自様は人の話は聞かない方なので、きっとご自分の思う通りにするのだろう。
「さて、かぐや様、巽様もお身体が戻られた故、お見舞いは今日でお仕舞いでございます。
これからは、巽様とお話しになる時は几帳を隔てられますように」
そうか、今までは巽様のご病気の間の特例措置だったんだ。
これからは又以前のように隔てられるし、巽様のお屋敷が出来上がれば本当に会えなくなってしまうんだ。
何故会えるうちにもっとお話しておかなかったのだろう。
公家化粧をしない武者姿の美原野高至様は、とても美しいのです。




