栗山館の六郎様の歎き(その二)
襲撃の表現があります。
血が苦手な方は読むのをお控え下さい。
わたくしは栗山館の六郎と申す武者にして、久我根館で刀自様にお仕えしておる。
今日は刀自様のお供で国府に向かう日である。
わたくしは今まで国府に行った事すらなかったのだが、刀自様のお陰で国府へと行き、国守様ともお目通りを頂くのだ。
今までの人生で最も栄えある一日となるであろう。
残念なことに小雨が降っているが仕方がない。
神官の占いで決まる良き日であるから、変更はできぬのだ。
蓑と雨傘を被って出発する。
国府に向かう隊列は、先頭に一人の武者が先払いとして馬に乗って立ち、続いて巽様が刀自様の警護として馬に乗る。
刀自様もご自分で馬に乗られるので、わたくしは刀自様の後に馬で続く。
ただ、わたくしは刀自様の警護としてよりは、必要な書類や筆や硯を持つ家司のような武者だ。
わたくしの後から国守様への献上品を積んだ荷馬車が続く。
荷馬車には馬丁と馬車を押す下男が付いている。
最後尾をまた武者が馬に乗って護っている。
今回の隊列は、荷馬車の速度に合わせて進むので、ゆっくりだ。
緩い登り坂の大道を進んで、これから坂が急になる狭い山道にかかるところに来た。
雨でぬかるんだ登り坂に荷馬車の馬が少し脚を滑らせた時だった。
巽様がふと馬を停めて、いぶかしげに立ち止まった時、前方の崖になっている藪の陰から鋭く空気を切り裂いて、刀自様を目掛けて一本の矢が飛んできた。
巽様が立ち止まって動きが変化したせいか、矢は刀自様に直接当たらず、刀自様の蓑を裂き中の着物を掠めて刀自様の馬の尻に突き立った。
馬は嘶いて急に棒立ちになる。
刀自様は馬から振り落とされ、道の脇の藪に投げ出された。
巽様はすぐ馬から飛び降りて、刀自様の元に駆けつける。
そこにまたすぐ第二の矢が襲い掛かる。
巽様は腰に差した刀を抜いて、なんとか第二の矢をなぎ払った。
しかし、さらに三本目の矢が間をおかずに刀自様を襲う。
巽様は刀自様の前に立ちはだかって、両手を開いて刀自様を護る。
全ては一瞬のことだった。
三本目の矢は真っ直ぐに飛んで来ると、手を広げた巽様の胸の鎧にグサリと音を立てて深々と突き刺さった。
先頭を歩いていた武者が、矢の飛んできた前方の崖に馬を走らせると、ザワザワと藪を揺らして矢を飛ばした賊が逃げて行く。
わたくしは、前を進んでいた刀自様の馬の尻に矢が突き立ったのを目前に見て、身体が固まって何もできず、馬と共に後ずさりして荷馬車の馬にぶつかってしまう。
刀自様の馬は、尻に矢が刺さっただけだと言うのに、横倒しになって起き上がれず痙攣するばかりだ。
巽様も胸に矢が突き立ったまま身体を崩し、片膝を地面につけて苦しそうに息を荒くして、顔を歪ませている。
賊を追いかけていた武者が戻って来た。
「賊を取り逃がしました。今は急ぎて久我根館へお戻りくだされ」
刀自様がようやく立ち上がって、荒い息を吐きながらも周りの様子を見るなり指示を出す。
「館に戻るぞ。六郎は急ぎ館に戻りて薬師を呼べ。毒が使われたかも知れぬと言うのだ。我が馬には下男が付き添い、荷馬車は馬丁が曳け。
武者達はそれぞれ、刀自と巽を馬に二人乗りして、屋敷に帰るのだ。急げ!」
わたくしは大変なことが起きたと気を動転させながらも、馬を全速力で走らせ、久我根館に駆け込んだ。
「大変でございます!どなたか!一大事でございます!賊が矢を!」
侍所から武者や家司が飛び出して来る。
「薬師をお呼びください。薬師を、早く!
賊に襲われて、巽様が矢を受けられました。毒が使われたかもしれませぬ。
刀自様はご無事でございます」
賊の襲撃の一報は瞬く間にお屋敷に広がり、お屋敷の薬師が駆けつけて来る。
久我根一族の郎党にも非常召集がかかる。
間もなく刀自様と巽様が、武者に抱き抱えられて戻って来られた。
巽様は青い顔をして、ぐったりとしている。
刀自様は藪に投げ出された時、したたかに腰を打って痛められたのだ。
巽様は矢の柄を短く折ってはいるが、矢が胸に刺さったままだ。
その場ですぐ矢を抜くと大出血する恐れもあるので、薬師が来てから抜かねばならぬのだ。
蓑を外され、巽様は侍所の宿泊室に身を横たえられる。
お屋敷の薬師の他に、戦いの時の刃物傷に対処できる従者も呼ばれている。
沸かした湯を入れた桶や、麻布や綿を持って侍女達も集まって来る。
刀自様も、腰を庇いながら近くに座られた。
「巽様は、刀自の身代わりに矢を受けたのじゃ。巽を死なせてはならぬ」
薬師と従者は「はっ!」と刀自様にお答えして、素早く処置にかかる。
わたくしは巽様と組の武者であるが、何一つ役に立たぬ。
危急の折にも、身体が固まり、ただ目を見開いて見ているばかりだった。
毎日の武者としての訓練も、役立てることが出来なかった。
わたくしが成人してからは那加国との戦いも無く、全てがぬるま湯に浸かっていたのだ。
巽様は神官上がりの武者だと言うのに、誰よりも早く刀自様に駆けより、我が身を以って盾にして刀自様を護られた。
そして今、巽様の命は消えかかっているのだ。
巽様の着物や鎧の紐が解かれ、従者が巽様の胸に刺さった矢の柄をしっかりと握ってから、一気に矢を引き抜く。
巽様は既に意識が無い様子だったが、痛みからか身じろぎをして呻いた。
手早く鎧が外されると、下に着ていた白い単衣の胸に赤い血が広がって来る。
単衣をめくると、巽様の胸から何かが滑り落ちる。
それは真ん中を射抜かれた護り袋で、裂けた袋の間から黄金に輝く丸い護符が転がり落ちた。
栗山館の六郎様の後悔は深かったのでした。




