栗山館の六郎様の歎き(その一)
わたくしは栗山館の六郎と申す武者である。
歳は十八にして、ありふれた普通の男であることは良く自覚している。
栗山館は、日見国の南の関を此春館と共にお護りする武者の大将の館である。
栗山様も此春様も、元は久我根様より分家されたお家柄で、久我根一族の武者の郎党として富貴なる久我根館を守護する御役目を持っている。
わたくしはお館様の六男とは言え、母は栗山館の侍女であるから、殿方の数には入らぬ者である。
しかも武者の家にそぐわず、わたくしは武術よりも文書や算術の方が得意で、久我根館には文寄りの武者としてお仕えしている。
この度、神官の巽様が、大神官様の勘気に触れて破門された事で久我根館の武者となった。
刀自様はわたくしが巽様と組まれるように指示されたのだ。
わたくしは武者としての華も無く、文官としても平凡な男であるのに、なぜ巽様をわたくしと組ませたのかわからぬが、わたくしは巽様の格好の『引立て役』となってしまった。
巽様には若き娘子や侍女が大騒ぎをして寄り付くが、わたくしには誰も見向きもせぬ。
稀にわたくしに近付いて来たと思えば、巽様への文を託されたり、巽様の女性の好みを聞かれたりするだけだ。
女性は恥ずかしがりで控えめなものと、わたくしは思っていたのだが、その認識はすっかり変わってしまった。
ある時には、少し暖かい夜ではあったが、薄物の単衣一枚という裸も同然の姿で巽様に抱き付こうとした侍女まで現れては、女性が恐ろしくなるのも当然だ。
わたくしは白い単衣姿の別の侍女を化け物と見間違えて、驚きのあまり池に落ちるという前代未聞の恥ずべき姿を晒して皆に笑われた。
栗山館の四女姫様は、異母兄であるわたくしが言うのも気が引けるが、なかなか美しき方である。
その妹でさえ、わざわざわたくしを呼んで何の用かと思えば、栗山館に巽様を連れて来て欲しいと頼む有様だ。
しかも勿体なくも、巽様は栗山様から婿にとのお申し出さえお断りした。
この国の武者の大将である栗山様からのお申し出であれば、誰でも喜んで婿になるのに、後ろ盾もない武者にもかかわらず、巽様はお断りしたのだ。
警備で一緒に組む時に、誰か想い人がおられるのかと巽様に尋ねても、まだ半人前にして何も功績をあげていない自分は誰とも縁を結べぬと言うばかりだった。
若い武者ならば、正式の縁ではなくても普通の娘子との恋愛沙汰は何も問題にならぬのに、そういった噂も一切ない。
あまりにも侍女や娘達を無視する態度で、(久藤巽様は女嫌いで、神官だったのだから男の方に興味があるのでは)と邪推する噂もあったが、それはわたくしがはっきりと違うと申し上げる。
巽様は此春の守護神社で、かぐや姫様を月の国よりお招きした神官であったし、いま巷で稀に見る美女と噂のかぐや様と、西の館で間近にお会いしたことがあるそうだ。
やはり噂通りの美しき方かと聞けば、巽様は少し顔を赤らめて「この世のものとも思えぬ麗人にして、凛とした美しき声で、歌(短歌)が大変お上手で、文を良く書かれる」と言う。
普段から巽様は女性からの恋文はたくさん貰っているが、それらを遥かに超えるような情熱的な恋文でも貰ったような言い方ではないか。
巽様はかぐや様がお好きなのかもしれない。
わたくしは一度だけ馬場に行かれるかぐや様を警備申し上げたが、顔を布で覆われていても、細く切れ長な美しい瞳は仄かに伺えたし、なよなよとしたお身体で侍女に手を引かれ懸命に歩かれていた。
久我根一族として乗馬の訓練はしなければならない義務で仕方なかろうが、慣れぬ馬に乗られるのも健気で、はかなげに美しい。
馬が揺れる度にかぐや様のお身体が馬から今にも落ちそうで、すぐにでもお助けに行かなければと保護したき気持ちが沸き上がって来る。
かぐや様は、いかにも深窓の姫様のご様子で、元気に跳ね回っている娘達とは比べるべくもない。
しかし、月の国の姫様にして、久我根館の刀自様の養女様となられた上は、縁を結ばれる相手としては国守様に近しき殿方とか、由緒ある館の当主でなくてはならぬだろう。
わたくしはもちろんだが、いくらかぐや様をお好きでも、後ろ盾のない巽様では縁を結ぶことは無理に等しい。
高嶺の花に憧れても、望みのなき恋心は捨てるほかないのだ。
刀自様が出かけられる時は巽様が警護に付くので、わたくしも刀自様の書類や荷物を持って家司のようにお供することが多い。
巽様はわたくしよりも年少だが、文も良く書かれるし算術にも長けているが、元神官だけあって気の力が強いので、巽様は専ら警備をされているのだ。
最初は年下の者と組ませられた事に不満があったし、巽様だけが娘達に騒がれていい気がしなかったのだが、身近で暮らしていくうちに、巽様の優れた所や、能力があっても傲慢に人を見下したりせず、人の嫌がるようなことでも進んで行うのを見れば、自分には到底敵わない能力のある武者と、自然に尊敬できて、今は巽様の指示に喜んで従うまでになっている。
今回、刀自様が、かぐや様の養女のお許しを頂くために、国府に行かれるのだが、巽様とわたくしも警護の武者として一緒に行くことになった。
その時に、国守様にもお目通りを頂けるのだという。
巽様と組になったことで、思いがけない幸運を掴んで、思っても見なかった重要な役目も果たすことになり、栗山館でのわたくしの立場もだいぶ見直されて来ているのだ。
戦いで立派な功績を立てて、刀自様に認められないうちは、自分の気持ちをかぐや様に言うわけにはいかないと思い込んでいる巽様でした。
それでも、つい、想いはあふれてしまうのです。




