巽様の新しいお名前が決まりました
刀自様は一つ大きなため息をついて黙った。
「......巽様、あの腐れ青瓢箪に破門を解いて貰う為に支払う金は、死に金に等しいと刀自は思うております。
その同じ金を巽様本人にお預けすれば、何倍にも活きた金となりましょう。
久我根館で巽様をお子としてお迎えはできませぬが、武者としてこの久我根館をお護りくださることは如何か」
刀自様はただ神官を辞めることを奨めただけじゃなくて、巽様のその後も考えてくれていたようだ。
巽様は下を向いていた顔を上げ、刀自様をまっすぐに見て言う。
「......はい、わたくしは神官となりてこの国をご祈祷でお護りし、ひいてはそれが久我根館を護る因縁と信じて、これまで理不尽と思えようとも身を尽くして大神官様にお務めして参りました。
わたくしの考えが浅く、思い至らなかったのでございます。
幼いわたくしを助けていただき、これまでも有り難きお心遣いを頂いた久我根様には、千万の深きご恩を感じております。
破門を言い渡されたわたくしは、行き所もなく流浪する定めでございましたが、またわたくしをお助け下さり武者にしていただけるならば、これほどの幸せはございません。
......刀自様のお申し出を、有り難くお受け致します」
巽様は深く平伏した。
刀自様は巽様の答を聞くと、満足そうに頷かれる。
「よく言った、巽よ。
大神官様はこれより久我根一族の敵じゃ。大神官様からの嫌がらせもあろうが、あの腐れ青瓢箪の何を恐れることなどあろうか。
あれは既に民からは、偽物の大神官様と見捨てられておるのじゃ」
あたしは大神官様が嫌いだったので、あっという間に巽様の処遇が決まり、武者として久我根館で暮らされることが嬉しかった。
「さて、そこでかぐや姫様だが......」
刀自様はあたしの方を向く。
「もはや月の国にお帰しする術が無くなりましたので、姫御子は我が娘として久我根館でお過ごし下され。
裳着の式を久我根館で執り行い、我が娘と披露いたして十五歳ほどになられれば、然るべき殿方と縁を結ばれるように計らいましょう」
巽様だけじゃなくて、あたしの方もあっという間に処遇が決まってしまった。
元の世界に戻れないのだったら、久我根館に置いてもらうのが一番良いのだから、あたしも嫌とは言えない。
いますぐ久我根一族と結婚させられる訳じゃなさそうだから、その間に何とか元の世界に戻れる方法を探すことにしよう。
もしかして、武者となった巽様と結婚?なんかできたりして!
でも待って、巽様はこの辺りの若い女性の憧れの的みたいだから、競争は熾烈になるって事だよね。
あたしが選ばれることは残念ながら無いと思う。
刀自様はあたしの返事など何も聞かずに、決定事項を通知するように話されるのだ。
「それでは巽様、これよりは我が館の武者となりて侍所にお詰めくだされ。
巽様を婿にお迎えしたき方も多ければ、いずれ屋敷の外に家を持つようになりましょう」
驚いたように巽様はハッと顔を上げる。
「いえ、刀自様、わたくしは婿になど参りませぬ。未だ不束者にして半人前のわたくしは、どなたとも縁を結べませぬ。
今はとにかく久我根館をお護りする事が一番の大事でございます」
そっか、巽様は結婚する気はサラサラ無いってことですね。
あたしだけじゃなくて、誰も可能性がないってことか。
刀自様は、巽様の言葉も聞かなかったように話を続ける。
「神官には氏名は要らずと言えど、武者には氏名が必要であろう。
巽様の母上様は都のお貴族様の生まれにて、『藤』の付くお家柄と聞いておる。
そこで久我根の名前から一字を取って、『久藤 巽』と名乗られたらいかがか」
「......久藤......巽......」
巽様は、新しく自分の名前になる氏名を呟いた。
「ありがたき幸せにございます、刀自様。
新しき名までわたくしにお与え下さりまして、何とお礼を申し上げたらよろしいのでしょうか。
わたくしは新たに生まれ変わったような心地さえ致します」
刀自様も嬉しそうに、ウンウンと頷く。
「これからは我が身命を賭して、必ず久我根館をお護りいたします。刀自様にお誓い申し上げます」
巽様は、この部屋に入ってきた時とは打って変わって明るい声で言う。
あたしもこれからは巽様が久我根館にいて護ってくれるというので、とても嬉しくてニコニコしてしまう。
今朝は何が起きるのだろうと心配していたけれど、こういうふうに収まって、ホントに良かった。
ただ、巽様は依然としてあたしの方を見てくれない。
前だったら、必ずチラッとは見てくれたのに、どうして視線を向けてくれないんだろう。
あたしがこの世界の常識を知らないで、何か手紙に失礼なことを書いてしまって、巽様の気分を害してしまったのだろうか。
すずちゃんに今日決まったことを話すと、すずちゃんはとても喜んでくれた。
「かぐや姫様は月の国にお帰りにならず、いつまでもこちらにおいでくださいませ。わたくしも生きてある限りいつまでもお仕えいたします」
本当にすずちゃんはいい子なのだ。
巽様は、今かぐや姫を見てしまうと恋慕の視線が刺さり過ぎて、予測不能なことが起きることを怖れて見ることができなかったのです。




