刀自様は怒ると口汚なく罵ってしまうのです
次の日、あたしは刀自様に呼ばれた。
刀自様が東の対でいつも居間にしている場所に行くと、几帳の後ろに座るように言われた。
今日は、なんだか刀自様が不機嫌に見える。
侍女達は人払いされているのか、周りには誰も居ない。
あたしについて来たすずちゃんも下がるように言われる。
何が始まるのかと、ちょっと怖い。
刀自様が黙ったまま少しすると、足音も立てずに静かに巽様がやって来た。
部屋の前の廊下に来ると、座って小さな声で「参上いたしました」と言う。
刀自様も低い声で「こちらに」と言うと、巽様は少し上げてあった御簾をくぐって部屋の端に座る。
「内密の話なれば、いま少し近く寄られよ」
刀自様は几帳を使わず、男性のように目を見て人と話されるのだ。
やはり刀自様はルールに縛られない特別扱いなのだろう。
あたしは巽様をこんなに近くで見られて、とても嬉しい。
ちょっと俯き加減に座っている巽様の横顔が、少し憂いを帯びているように見えるのだが、それさえ溜め息が出るほど美しい。
あたしのお手紙は、ちゃんとすずちゃんが内緒で届けてくれたそうだけど、巽様は読んでくれたのだろうか。
あたしが巽様を心配して、申し訳なく思っていることも伝わっただろうか?
巽様は刀自様の近くに膝歩きで近づいてきたけれど、あたしの方には一切視線を向けない。
几帳を立てていても着物の端は見えているのだから、あたしの存在は分かると思うのだけど、まるであたしがそこにいないように、こちらを見ない。
「巽様、どこか加減でも悪いのであろうか。顔が赤いが、熱があるのではないか」
刀自様が言うので、あたしもジッと見ると確かに巽様の顔が赤らんでいる。風邪でも引いたのだろうか。
お身体は大切にしてほしい。
「あ、いえ、昨夜は少し眠れなかったため、そのように見えるのでございましょう。熱などございませぬ」
巽様は慌てたように言う。
やっぱり破門されたことを、眠れないくらい巽様は悩んでいるのだ。
あたしはいつでも巽様のお味方ですからね、大神官様なんかに負けないでください。
グッと拳を握って、陰ながら巽様を応援する。
「そうか、それなら良いのだ......
刀自は昨日、此春館にお訪ねしたが、大神官様はとても機嫌がよく、破門の件は考え直しても良かろうと言われた」
昨日刀自様がお留守だったのは、此春館に大神官様を訪ねて、巽様のために骨を折ってくださったのだ。
「ただし、今回の不首尾の責任を負って、巽様はまた最初の神官見習いから始めることと、お弟子の入門料として砂金百匁(約四百グラム)、毎年の貢米を倍にすべし、と言われたのだ」
刀自様の言葉に巽様は驚いたように目を見開く。
あたしだってびっくりだ。
神官の弟子になるのには入門料なんて必要だったんだ。
「......不肖にもわたくしは、何も存じあげぬまま......刀自様はわたくしのために、そのような価を毎年払われていただいていたとは......」
巽様は刀自様に平伏する。
「いや、それは良いのじゃ。(巽を久我根の子に準じよ)との先代のお館様のお気持ちに添うこともできず、あたら巽を神官に為した刀自が咎よ」
いくら巽様に能力があっても、いや、能力があればこそ次郎様や四郎様の手前、血の繋がらない巽様をお子様並に扱うのは難しかったんだろうと思う。
「それに加え、あの腐れ青瓢箪めが、かぐや姫様を月にお帰しするご祈祷料は砂金一貫目(約四キログラム)と駿馬百頭と言いおった」
ついに刀自様は大神官様のことを青瓢箪では足りず、『腐れ青瓢箪』ってまで言い放った。
余程怒っているのだろう。段々と声が高くなって来る。
「民の願いは一顧だにせず、己が名誉と蓄財にのみ心を砕き、隠れて女色に走りたるは、大神官様としての資質に欠けると言わずば何と言おうか」
もう巽様は何も言わず、唇をきっと引き結んで下を向いている。
「己がご祈祷の力を失いしを認めず、巽の責任に転じて軽々しく破門を言い、更に大金を得ようとするなど神官としてのみならず、人としても恥ずべきであろう」
あたしを月に帰す祈祷料のことも大神官様は言ったみたいだけど、それは今の価値にすると、どれぐらいの値段になるのだろう。あたしが払える額なのだろうか。
「あたしを元の国に帰すご祈祷料は、どれぐらいの価値のあるものなのでしょうか?」
刀自様は憎々しげに口を曲げて、腹立たしげに言う。
「この久我根館がもう一つ建つぐらいの価じゃ!
万能の大神官様じゃと自称して偉ぶれど、実は難しきご祈祷はできぬと人に知らるるが嫌さに、法外なご祈祷料を謀りて己が無能を隠さむとするなど、まさに賎しき心根ぞ」
久我根館がもう一つ建つぐらいの値段なんて想像もつかないけれど、刀自様だって簡単に出せる金額じゃないことはわかった。
大神官様は最初から無理な金額を言って、(ご祈祷してください)って言われないようにしているってことですね。
「人の弱き足元ばかり見ることに聡くて、人の苦しみを知らず、己が無能を知らずして、人の有能を見て引き落とすことのみに力を尽くせば、いずれ本性は顕れて人に謗られよう」
刀自様は息が切れるぐらい言い募る。
「......巽様、かような性根の腐りし青瓢箪に師事しても、百害あって一益も無しと言えましょう。
破門を考え直すなどと良さ気に言いて、実は更なる強請する盗賊に他なりませぬ」
あ~あ、大神官様のことを盗賊とまで言っちゃたけど、大丈夫なんだろうか。
神罰が当たるとは考えないんだろうか。
「かような大神官様では、女神様も呆れてご降臨などなさるはずもございませぬ。
青瓢箪が自ら破門を言い出したが幸にして、巽様は神官をお辞めなさいませ」
刀自様は大神官様に破門を解いてもらう事をお願いに行ったのだと思うけど、逆に巽様に神官を辞めるように奨めているんだった。
巽様は、もちろん風邪を引いているのではありません。『寝不足』なのは本当です。




