巽様にお返事を書きました
夜になって夕食を終えたすずちゃんが戻ってきた。
自分の部屋を持っていない侍女達が食事をする台所は、情報収集に最適な場所らしい。
「ゆうべのご祈祷はうまくいかなかったそうでございます」
すずちゃんは勢い込んで言う。
「女神様は降臨なさらず、大神官様が何度も祈祷されても、聖託も頂けなかったのでございます」
あたしは刀自様の『大神官様の評価』に賛成だったので、多分そうなるんじゃないかと内心では思っていたのだ。
「そして大神官様は、その不始末を全部巽様のせいにして、巽様を破門されたのだそうです」
「破門!なんで聖託が頂けないのが巽様のせいになるの?おかしいでしょ!......じゃあ巽様はもう神官様を辞めさせられたの?」
「巽様がかぐや姫様を召喚した事を、女神様はお怒りになったと大神官様は言われたそうです」
え、それじゃあたしのせいで巽様は破門になったの?
そんな馬鹿な!
「巽様は、ゆうべ西の館のかえで様に連れられて久我根館に来られました。今は侍所で謹慎をなさっているのだとか」
巽様が謹慎中、ということはもう一度神官になる道は残されているのだろうか。
あたしは知らなかったのだけれど、巽様は久我根館でお育ちになったそうだ。
しかも元々は都生まれで、かえで様が侍女として巽様をお世話していたのだという。
それで昨日の夜に、かえで様が巽様を引きずるようにして久我根館に連れて来られたのだ。
刀自様と相談し、とりあえず久我根館で巽様をお預かりするそうだ。
ゆうべは巽様は侍所の当直室で泊まられたらしい。
あたしは巽様とほんの少し顔を見て話しただけで、巽様の実際の状況を何も知らなかった。
それなのに、アイドルに一目惚れして好きになるみたいに片思いしていたんだ。
神官じゃ無かったら、あたしと結婚できるのかもしれないって、ちょっとだけ、ホントにちょっとだけ思ったけど、ただ好きだから結婚できるなんてこの世界では特に有り得ない。
あかね様と三郎様は例外的にうまくいったのだと思う。
だいたい、巽様があたしのことを何とも思っていないのに、そんな妄想していたってしかたないよね。
それにしても、大神官様は責任を全部巽様に押し付けるなんて、本当に卑怯だと思う。
大神官様の実像が見えてきているので、あんな大神官様のお弟子になっていても、何も役立たなさそうに思えるのだけど、大神官様は国守様にも重用されているみたいだから、逆らうなんてできないのかもしれない。
あたしは巽様にお手紙を書こうと決心した。
この際、楷書でも仕方ない。
あたしのせいで大神官様から破門されそうになって、巽様がとても困っているのなら、あたしはせめてお詫びだけでもしたいのだ。
まだ長い文章は書けないし、下手な字なら長く書かないほうが良さそうだから短い言葉を探す。
(ごめんなさい、すみませんでした、ご迷惑をおかけしました)どんな言葉なら巽様にあたしの申し訳ない気持ちが伝わるんだろう。
そうだ!この世界の人にお手紙を出すなら、やっぱり歌だよね!
あたしは自分が知っている百人一首から、何か良い歌を思いだせばいいんだ。
巽様を混乱に巻き込んでしまってごめんなさい、と言いたいから、(心の乱れ)が入ったような歌がなかっただろうか。
あった!思い出した!
『陸奥の......しのぶもぢずり誰ゆえに......乱れそめにし......われならなくに』
これがちょうど良いんじゃなかろうか。
(ぐちゃぐちゃの模様の様に面倒なことが起きて......あたしのせいで大神官様から破門を言い渡されてしまい......巽様のお心を乱してしまって......あたしだったら泣いてしまうくらいの苦しみですよね、分かります)
たぶん、こんな意味に使える歌だと思う。
ただ、この歌を全部書くのは難しいから、冒頭の掛詞は抜いて書こう。
すずちゃんに硯と筆と紙を持ってきてもらう。
紙は高級品だから、一枚でも無駄にはできない。
ちょうど習字の練習用に、書き損じた手紙の切れ端があったので、そこに丁寧に二行で書いた。
誰ゆえに乱れそめにし
われならなくに
よし。自分ながら、上手に書けたと思う。
少しだけ平仮名も続けて書けた。
この前巽様から頂いた手紙も二行だったので、お返事としてもちょうど良いと思う。
何か花にでも結びつけた方が良いのかもしれないけれど、ここには何もないから、そのまま畳んでおみくじのように結ぶ。
手紙を書き終えると、とても嬉しそうにワクワクした顔で見ていたすずちゃんに、東の対のすぐ横にある侍所に手紙を届けるお使いを頼んだ。
「すずちゃん、誰にも見つからないようにね、そっと巽様に渡してほしいの」
「お任せください。必ず巽様にお渡ししてきます」
すずちゃんは悪戯っ子みたいにニッと笑うと、素早く部屋を出て行った。
しのぶもぢずりの歌は、もちろん菜摘が思っているような意味ではありません。
菜摘が書いてしまったのは『誰のせいで秘かに恋心を抱いて、思い乱れてしまったのでしょう、わたしのせいではありません(あなたのせいなのですよ)』というバリバリの恋文でした。
『われならなくに』という言葉を『わたしだったら泣く』と勘違いしたのは菜摘の大失敗でした。




