久我根館のあかね様の独り言
わたくしは久我根館の末姫のあかねでございます。
従兄弟で幼い頃からの許婚の此春三郎様と十五歳で縁を結び、生まれた赤子は二歳(数え歳)になりました。
あと一月、二月の後には、西の館の第一のお方様として三郎様のお屋敷に住まいを移す予定でございます。
本日は思いもかけずに、大層愉快なることがございました。
ただ今、久我根館の東の対には月の国よりおいでになったかぐや姫様がお暮らしになっているのでございます。
かぐや姫様は月の国の姫君だけあってとてもお美しく、この国に並ぶ者の無き美貌でございます。
一目お顔を目にした殿方は、言葉では言い尽くせぬ程のかぐや姫様の美しさに、皆虜になって我を忘れてしまわれる程なのです。
わたくしも初めてお目にかかった時には、この世のものとも思えぬ余りのお美しさに言葉を失うばかりでございました。
カラスの濡れ羽色の黒々とした真っ直ぐなお髪や、雪のように白くふっくらとしたお顔、細く切れ長の目に黒き瞳、小さなお鼻に朱い小さなお口、ふくふくとした小さなお手と柔らかくなよなよとしたお身体をお持ちです。
わたくしがこうして言葉で申すだけでも、かぐや姫様のお美しさが匂うようでございます。
ただ、かぐや姫様はご謙遜が過ぎて、ご自分のお美しさをご自覚なさいません。
ご自分の美貌が殿方に及ぼす力を軽くみられて、容易くお姿を殿方の前に現されたりなさるのでございます。
十二歳にもなれば、この国の姫様であればご結婚もできますし、それなりのご自覚とお振る舞いができて当然でございますが、かぐや姫様はご自身をその辺りに幾人と居そうな女子供のように振る舞われる事も多いのでございます。
そもそもこのかぐや姫様という方は、大層横紙破りの方で、月の国の習わしと言われることが、余りにもこの国の風俗とは異なっていらっしゃるのです。
なんでも月の国では姫様であっても殿方にお顔を見せたり、目を見てお話になったりすることが普通であると言われるのですが、想像も出来ぬことでございます。
また例えば素晴らしき歌を幾つもご存知なのに、仮名が読めず書けぬと言われます。
しかし真名(漢字)は読めて書けるというのも何か不思議な有様でございます。
そのため、本日はわたくしに文を読む事をお頼みになったのですが、わたくしは一目見て、それが神官の巽様のお手になることがわかりました。
その文は二行ばかりの短きものでしたが、明らかに恋文と言って良き思慕の念が込められておりました。
それをかぐや姫様にお伝えすると、姫様はお顔を赤らめてご自分宛ての文ではないと言われましたが、誰がそのような子供だましの言い訳に乗せられましょうか。
あれほど素晴らしき恋歌を何首もご存知の姫様が、巽様の文を恋文と分からぬはずがございません。
かぐや姫様は、誰も知らぬ間に神官の巽様と相愛の仲になっていらしたのです。
巽様は神官でございますから、女性との交渉はできず、契りを結ぶこともできぬ決まりでございます。
その巽様が文をかぐや姫様にお渡したということは一体どういうことなのでしょうか。
わたくしは巽様と子供の頃よりずっと同じ屋敷で育ちましたので、巽様の気性をよく存じております。
あれほど秀麗で雅な巽様はたくさんの女性から思いを寄せられましたが、どなたにもお返事などなさらず、真っ直ぐにご学問や武芸や神学に励まれて来られたのでございます。
ですから、かぐや姫様に恋文を渡されたのは今までに無くよほどのお心なのだと存じます。
わたくしは巽様が神官になられたことには必ずしも賛成しておりませぬ。
やはりお好きな方が現れた時は、その方と縁を結ばれるのが一番の幸せと信じられるからでございます。
幼き頃から親に許婚と定められた縁ですが、わたくしは三郎様と夫婦の縁を結べたことが、一番の幸せでございます。
そもそも巽様はわたくしが七歳で三郎様と許婚になった頃にこのお屋敷にいらっしゃいました。
先代の久我根様(あかね様の父上)が都より一緒にお連れになったのです。
父上様の都での隠し子かと疑わしげに見る方もいらっしゃいましたが、付き添って参った侍女のかえでの言葉によれば、都の交易をなさっていたお貴族様の不遇の姫様と都の官吏様とのお子様ということでした。
巽様はその頃より大層賢く、立ち居振る舞いも優雅で品があるお子様でしたから、父上様は従者にはせず、ご自分のお子に準じた扱いをなさいました。
学問や武芸などもわたくし達と同様になさいましたが、歳もまだ少ないのに決して見劣りなく、上手になさったのでございます。
巽様はお屋敷の子供達とも隔てなくお育ちになりましたが、ある時、酷い言葉で侮辱した男童を鋭い気の力で打ち倒してしまったのです。
それ以来、巽様は自分の本心を外に現さなくなり、何か一枚外に鎧を着けたようになってしまわれました。
末娘のわたくしだけは、新しくできた一つ年下の弟のように巽様を思って、何かと気を配っておりましたが、十歳にもなれば幼き頃から定められた許婚のある身ですし、男と女の隔てができて自然と巽様と話すことも無くなりました。
その頃だったでしょうか、巽様は久我根館にお泊りになっていた大神官様にお弟子になることを申し出られたのです。
わたくしはいかに祈祷のお力の強い大神官様とは言え、上のものには腰低く丁寧にお話になりますが、下の者には容赦なく酷い扱いをされる大神官様がどうにもご尊敬できなかったのでございます。
おまけに隠し妾を囲っているという噂まであったので、ご祈祷の折など、近くに寄られるだけで虫酸がはしる思いさえいたしました。
そのような悪い噂もある大神官様にお弟子に入られると聞いて、巽様の将来に危惧を抱いたのでございます。
その頃お父上様がご病気で床に伏せられると、実のお子様でもないのに巽様がお子様に準じた扱いになるのはおかしい、という声が郎党の間から聞こえてきたのです。
後ろ盾のない巽様がこのまま久我根館にいることは、かえって問題を生ずる事になってしまいます。
多分、そのような事も巽様は感じておられたのでしょう。
巽様は強い気の力をお持ちですし、このまま大神官様の跡を継がれて国の第一の大神官様として立っていかれるとわたくしは思っておりました。
されど、かぐや姫様と縁を結ばれて、ご一緒に月の国にお帰りになり、月の国の国守様にお成りになる方が巽様のお幸せかもしれないと思うのでございます。
あかね様は大好きな三郎様と結婚して、とても幸せな気分なのです。
去年の秋に生まれた男のお子様は満七ヶ月ですが、数え年では二歳になります。




