手紙のお返事が難問過ぎる
あかね様の誘導尋問にうかうかと嵌まって、あたしは黙っていようと思った手紙の贈り主をしゃべってしまったのだけど
「お願いします。どうか、どうか、誰にも言わないでください。これは恋文なんかじゃないんです」
何度もあかね様にお願いして、誰にも言わないと約束してもらった。
あかね様は内心の嬉しそうな様子をぐっと隠して、長い長いお別れの挨拶をなさって帰られた。
お別れの挨拶の中にも、あたしをからかうような言葉が入っていたように思ったのは、気のせいだろうか。
あかね様には巽様からのお手紙だって、すっかりバレてしまったけれど、この手紙が恋文だというのは考えすぎなんじゃなかろうか。
失礼した、というのは大神官様の行きすぎた行動を代わりに謝っただけだろうし、桜の花が綺麗に咲いている時期なので、桜の花の事を書いたに違いない。
もしかして、桜の花よりもなお梅の花の方が綺麗だと思う、という意味かもしれない。
三郎様の西の館に居た時に、梅の花を置いて行ったのが巽様だとしたら、そういう意味も有り得ると思う。
......そうに違いない......
それでも巽様からのお手紙を見ると、嬉しくてどうしようもなく顔が緩む。
なくさないように大事に畳んでスマホのケースの裏側に挟んでおく。
スマホを着物の胸の間に入れると、何だかそこだけ温かい。
もし元の世界に戻っても、あたしはこの巽様の手紙だけで一生幸せに生きていける気がする。
あとはお返事なのだが、巽様にどのようなお返事をすべきか、あかね様にそっと尋ねてみたのだけれど、あかね様は笑って答えてくれなかった。
(かぐや姫様のお思いになる様に)と言われたって、何と書いていいのかわからない。
(巽様は失礼なんかしていないので、お気になさらず)とか、(あたしも梅の花の方が好きです)とか、書くのが良いのだろうか。
でも、楷書でそんな手紙を書くのはさすがに止めた方がいいのは、あたしにだってわかる。
だいたい女子禁制の神官屋敷にいらっしゃる巽様に、どうやって手紙を渡したら良いんだろう。
とにかく草書で字を綺麗に書く練習をしなければ!
次の日は刀自様に連れられて、お館様(久我根次郎清高様)にご挨拶のために寝殿の母屋に初めて出掛けた。四郎様もお座敷に一緒に居られた。
あたしは扇で顔を隠しながら、長い袴を踏んで転ばない様に歩くという難しい技を使えるようになったのだ。
勿論、後ろですずちゃんが表着の裾を持ってついて来てくれる。
南側の格子と御簾が上がっている母屋の中に入ると、右側に几帳が二枚立ててあって、その陰に座った。
左側の奥にも几帳が何枚か立ててあって綺麗な着物の裾が見えているのは、お館様の第一のお方様のかすみ様が侍女達と一緒にいらっしゃるようだ。
かすみ様はとても内気でお淑やかな方だそうで、あたしもまだお会いしてお話をした事がなかった。
三人のお子様達もいらっしゃるそうだけど、この場には出ていないようだ。
今日はいい天気で、南側に広がるお庭がよく見える。
広い池に陽の光が反射してキラキラしている。
「ご挨拶が大変遅くなりました。月の国より参りましたかぐや姫と申します。
久我根様にはお心尽くしのおもてなしを頂き、本当にありがとうございます」
まつ様から教えられた長い時候の挨拶を終えてから、お館様にお礼を申し上げる。
お館様は中央にゆったりと座って、穏やかなお顔でゆっくりと頷く。
「遠い国より良くおいで下さいました。姫様のお美しさは国中に鳴り響いております。どうかいつまででもご逗留ください」
まさか、大袈裟だよね。どうもこの国の褒め言葉ってあまりに誇張して言うから逆に信じられないんだよね。
「先日の宴では、家の郎党共が東の対に押しかけて、几帳なども破れてしまう程だったとか。
姫様にもご迷惑をおかけいたしました」
お館様の次郎様は四十歳代かな、と見えるので、きっと三十歳代なのだろうと思う。
やはりがっちりした体型で(濃い系)のお顔なのだけど、特に目立った特徴もなく、妹のあかね様とはあまり似ていない。
次郎様は亡くなった先代のお館様の方に似ているのかもしれない。
「若い者は元気が有りすぎるぐらいが良いのです。青年が年寄りのように老成していてはつまらない」
横から口を出したのが四郎様だろう。
あかね様と似た印象でハンサムといって良いのだけれど、口を曲げて話すのが意地悪そうに見える。
西の館の三郎様と同じぐらいの年齢だろうか。
いかにも鍛えられた体つきで、精悍なはっきりした眼差しは厳しいと言っても良いような光を湛えている。
「那加国はいかがでしたか?」と、あたしが尋ねると
「那加国は桜の花がもう散っておりました。田植も始まっているようでございます」
四郎様が答える。
「那加国はだいぶ暖かい国なのでしょうか、季節が随分違いますね」
那加国は南にある国なので、日見国とは気温が違うのだろう。
「刀自様、こちらも早く田植をしなければなりませぬ。那加国では田植を急いでおりました」
四郎様はあたしじゃなくて、さっきから刀自様の方を見て話している。
「とはいえ時期を合わせねば、苗が霜で傷んでしまっては何にもならぬ」
「それでは間に合いませぬ」
あれ、何の話をしているんだろう?
ここで田植の話?
刀自様が黙っているので話題を変えようと思って、あたしはお館様の方を見て言った。
「那加国ではどんな交易をされてきたのでしょうか?」
あたしはあかね様の花嫁道具とか、特産品のお菓子のことを聞こうと思ったのだ。
四郎様はこちらを厳しい目でサッと見られた。
「いつもと同じ事です」
突き放したように四郎様は喋る。
あたしはこの場にふさわしくないことを聞いてしまったようだ。
ぎこちない沈黙になってしまった。
あたしはまだまだこの世界の常識から遠いみたい。
それからも話は弾まず、早々にお別れの挨拶をして、刀自様と一緒に東の対へと戻った。
久我根様の第一のお方様のかすみ様はとても恥ずかしがり屋で、あまり外に出るタイプではないそうです。
お姑様の刀自様が強烈過ぎるので、対立を避けているという説(まつ様談)もあります。




