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世が世ならあたしだって傾国のかぐや姫になれるんです  作者: 藍碧
第一章 かぐや姫降臨
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侍女頭かえで様の独り言(その二)

巽様は幼き頃より本当に利発で、何か一つお教えすれば五つにも十にも広げてお分かりになるお子様でございました。


まだほんの子供でいらしたのに母君様がご苦労されていたことも分かって、なるべくご自分が面倒をお掛けしないようになさっていたほどでした。

母君様が亡くなられた時には巽様は涙を流しながらも、一人で強く生きてゆかねばならぬことを母君様とお約束したのだと、小さいながらにも固く決心されているようなご様子を拝見すると、わたくしは更に涙の流れる心地がいたしました。


巽様が久我根館に来られてしばらくして七歳になられ、刀自様やご親戚のお子様方と一緒に学問を始められたのですが、一番年若い巽様が何でも一番に早く覚えられるので、巽様に負けまいとお屋敷のお子様達も競ってご学問に励まれました。


この久我根館では学問だけではなく、馬や弓、太刀の稽古も盛んに行われているのですが、そのような折にも巽様は他のお子様に負けず上手になさいました。

巽様は、東国の若武者の血も確かに引き継がれていらっしゃったのでございます。


その頃の久我根館には乳母子や、他の縁に連なる者達とか、たくさんのお子様達がおいででした。

巽様は都生まれで、言葉使いや立ち居振る舞いも大層雅(みやび)なご様子ですし、抜きん出て色も白くお顔も全くお美しくて、女の童よりも優美なる若君様でございました。

そのため男童の中には妬み心のままに、わざと悪戯をしかけたり、巽様をいじめて泣かせようとする者もあったのです。


巽様はそのような折でも、うまくあしらったり、相手にせずに逃げておしまいになったりしてやり過ごしていらっしゃったのですが、ある日、我慢のならないことが起きてしまいました。


それは巽様よりも四、五歳も歳上の、性格のねじけた男の童で、巽様を「親のない子は鬼の子じゃ、お前の母君は鬼と契(ちぎ)って鬼の子を産んだのじゃ」と何度も嘲(あざけ)ったのでございます。


わたくしは近くでお子様達が遊んでおられるご様子を見守っておりましたが、その言葉が投げつけられると巽様は真っ青になって立ち上がり、ジッとその男童を睨みつけました。


すると巽様のお身体から、何か目には見えないけれど矢のような鋭い気配が放たれて、その男童は胸を押さえて倒れてしまったのです。


わたくしは大急ぎでその男童に駆けより抱き上げましたが、いくら体を揺さぶっても目を閉じたまま気がつきませぬ。

お屋敷は大騒ぎになり、薬師も呼ばれて、その夜は大神官様もおいでになられました。


幸いにも大神官様のご祈祷が聞き届けられたのか、次の日の夕暮れになってようやく男童は目が覚めましたが、昨日のことは何一つ覚えていなかったのでございます。

それからと言うもの、誰も巽様を虐める者はありませんでしたが、仲良く遊ぼうとされたのは一つ歳上のあかね様だけになってしまわれました。


わたくしは巽様を誰もいない所に呼んで、あの時何をなさったのかとお聞きしました。


「何もしてはおりませぬ。心で(憎し)と思いたれば、そのようになってしまったのです」


そしてしばらく黙った後に、巽様は小さな声で言われました。


「わたくしの父君は鬼で、わたくしは鬼の子なのでしょうか」


わたくしは思わず巽様を固く腕に抱きしめて


「そのようなことはありませぬ。巽様は幼くて覚えていらっしゃらないかもしれませぬが、父君様は慈しんで巽様をお育てになりました。父君様は母君様よりも年長でいらしたので早く亡くなられてしまったのでございます」


わたくしは幼い巽様に真実を知らせる事はできなかったのでございます。

あの一夜の過ちはあまりにも短い火花のようで、わたくしも文をお渡ししてしまったという心の咎めから、今までどなたにも真実を話してはおりませぬ。


そしてわたくしは、男童にも悪い点はあるけれど、人をそのように攻撃して気を失わせるほどにしてしまうのはいけない、と諭しました。


巽様はそれからも激しく心を乱されるようなことがあると、その思いが矢のような気配になって相手に向かってしまうようでした。


「いつも穏やかに心を平かになさって、おつつしみの心を忘れてはなりませぬ。

後見になる父君様も母君様もいらっしゃらない巽様が、久我根様や刀自様の広いお心で救われたことを忘れてはなりませぬ。

久我根様の縁に連なる方々を巽様が害されるのは、あってはならないことでございます」


わたくしが言うと、巽様はお返事をなさらず、ぐっと拳を握って下を向いて黙ってしまわれました。


「お分かりでしょうか?」と重ねてお聞きすると「分かった」と小さなお声でお答えになりました。


ご自分にそのような力のある事をその時に自覚されたのだと思いますが、ご祈祷で男童を生き返らせることのできる神官という御役目が自分に相応しいと思われたのか、巽様は十歳になられると大神官様に弟子入りをお願いされました。


わたくしはいつでも、姫様の忘れ形見の巽様のお幸せを心から願っております。

神官が女性との交わりを禁じられることを知って、それが巽様のお幸せに繋がるものかと不安に思いましたが、後ろ盾のない巽様が身を立てられるにはそれもまた正しい道かもしれないと思い返したのでございます。


大神官様も巽様のとても賢いことや、意思の強さなどを見られて、将来が頼もしいと判断されたのか、お弟子になることを承諾されました。


それから巽様は久我根館を出られて、お一人で大神官様のお屋敷に移られました。

神官は女性との関わりを持てぬ定めでございます。

大神官様のお屋敷には下働きの婢が居るばかりで、あとは男童や男の従者のみの女子禁制と定められております。


大神官様のお屋敷に移られてから、巽様は学問と神学を厳しく学ばれ、十五歳の成人になられてからは大神官様の右腕とも称されるほどの祈祷の力をおつけになられました。


その頃、隣の那加国より不穏な知らせが届きました。

この日見国を討ち取ってしまおうとする企みがあるというのです。

大国の那加国に対抗するためには、女神様のお力添えが必ずなくてはならなぬのでございます。


祈祷に相応しい日が大神官様によって占われ、そのご祈祷の準備が整った頃、大神官様に日見国の国守様より緊急のお呼びだしがありました。


今までは、勝利の女神様の召喚ご祈祷は大神官様だけが行なわれていましたが、巽様も祈祷のお力は大神官様に負けぬ強いものになられていたので、大神官様も巽様に祈祷をお任せになって、急いで北方の国府へと旅立たれたのでした。


その夜の祈祷で起きたことは皆様もご存知の通りでございます。


わたくしは、かぐや姫様が巽様の神官としての洋々たる将来に影を落とす災いの種にならなければよいがと願うばかりでございます。

巽様は何か心に強く思われることがあると、その思いが言葉ではなく(気)となって相手に届くのです。


菜摘が巽様と会った時に、菜摘の心に刺さったように感じた(矢のようなもの)は、巽様の恋慕の気配だったのかもしれません。

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