侍女頭かえで様の独り言(その一)
わたくしはかえで、久我根館の侍女でございます。
刀自様のお指図により、今は三郎様の西の館にて侍女頭をいたしております。
長いお話でございますが、お聞きくだされ。
わたくしは今でこそ鄙びたる東国で礼儀作法をお教えする侍女として勤めておりますが、そもそもは都の生まれでございます。
わたくしの母は都のさるお貴族様のお屋敷で、末の姫様の乳母として仕えておりました。
乳母子のわたくしは、幼き頃より末の姫様の遊び相手として、後には侍女としてお仕えいたしました。
末の姫様は、幼き頃よりそれはそれは優れてお美しく、父君様も大層慈しんでお育てになりました。
ところが幸せと言うものは長くは続かぬと世間で申すように、姫様の母君様は急な病を得てお亡くなりになってしまったのでございます。
初めこそ歎き悲しんでおられた父君様も月日が経つうちに悲しみも薄れ、新しいお方様をお屋敷にお迎えになりました。
新しいお方様も美しい方でしたが底意地が悪いと申しあげましょうか、表には見せず陰で何やら意地の悪い事をなさる方でした。
特にご自分の姫様がお生まれになってからは、末の姫様を北側の狭い一隅に押し込めて侍女のようにお使いになるなど、一層ひどい扱いをなされるようになったのでございます。
ある日、姫様が雨の後で空にかかった虹を見ようと屋敷の端近い廊下に出たところ、たまたま用事でその屋敷を訪れていた東国の豪族にお仕えしていた若い武者に、バッタリと出会ってしまわれたのです。
一目見て姫様に懸想した若武者は燃える心のうちを抑え切れず、姫様の侍女であると知ったわたくしを呼び止めて密かに姫様に文を渡し、そして若武者を憎からずお思いになった姫様も歌をお返しになりました。
数日後に催された東国の豪族の使者様をお迎えする宴で、屋敷内が何かと慌ただしくしていた夜、その若武者が姫様を盗んでしまわれたのでございます。
初めての夜を共に過ごされた姫様と別れを惜しみつつ、夜が明ける前に帰らねばと、若武者は慣れぬ邸内を忍んで戻ろうとした時に、間が悪くお屋敷の警備の者に見つかって捕縛されました。
若武者は、厳しく尋問されても何一つ語らなかったのですが、何か良からぬ事に関わったに違いないと密かに命を断たれてしまったと後で聞いても詮なき事でした。
姫様はそれを知らず、また逢えることを願っておられたのですが、いくら連絡をとろうとしても何の手がかりも見つけられぬままでございました。
姫様は行方知れずになった若武者を思慕されて、隠れて涙を流されましたが、そのうちに姫様のお身体が尋常なご様子ではなくなってきたのを見て、父君様は大層お怒りになりました。
美しい姫様は都で高い家柄の者と結婚させて、ご自分の権威を上げたいと考えてられていたからでしょう。
そのままにしておくこともできず、ご自分の家来の年取った官吏の家に、後添えとして押し付けるように姫様を嫁がせたのでございます。
その家で姫様は男のお子様を産まれたのですが、子が産まれた月数がおかしい、父に似ぬ息子だと前妻の息子達に謗られて、陰で嫌がらせを受けておりました。
年寄りの官吏はそれでも若く美しい妻が嬉しくて、姫様のお子様のことも可愛がっておられたのですが、なにしろ老人だったので、結婚して五年もしないうちに流行り病に侵されて呆気なく亡くなってしまいました。
主人が亡くなると前妻の息子達は姫様に露骨に嫌がらせを始め、そのうちの一人からは、我がものにと力で言うことをきかせられそうにまでなったのでございます。
姫様の行く末を危ぶんだわたくしは、姫様と五歳になるお子様を連れてその家から逃れ出ました。
そしてわたくしの年老いた母(姫様の乳母)が住んでいた狭い荒屋に身を寄せたのです。
以前お仕えしていた都の貴族様は、東国との交易を扱う御役目で、時々東国の豪族のお使者様がその貴族様のお屋敷に様々な珍しき品々を持ち込んで来られておりました。
姫様と一夜を共にされた若武者も、そのお使者様にお仕えしていたお一人でございました。
豪族のお使者様は都の官吏の方などとは違い、わたくしのような侍女さえ見下げずに大層良くしてくださり、時には過分な土産の品なども頂いておりました。
何か神様のお導きでもあったのか、そのお使者様とたまたま都大路でお会いできたのでございます。
朴訥で真面目なお使者様は、お屋敷に来られていた時も何かとお気の毒な姫様を心に掛けていただいたのですが、余りにもお気の毒な今のご様子を聞いて、それならば東国の自分のお館に来てみないか、とお誘いくださいました。
いつまでも乳母の狭くて古い家に居ることはできず、姫様も行き場所を失ってお困りになっていたので、その話に乗って、いまだ見たこともない遠い東国へ旅立つ決心をなさいました。
姫様はもしかして、あの時の若武者の消息も判るかと叶わぬ希望を抱かれていたのかもしれませぬ。
今まで都の外にも出かけられたことのない姫様が遥かに遠い東国を目指して、お使者様のお帰りの行列に紛れて歩いて行かれたのです。
ところがもう少しで東国に着くというところになって、流行り病にかかられたのか、それとももともと華奢で病気がちの人が長い旅に疲れ果てられたのか、旅の途中で儚くなってしまったのでございます。
わたくしは歎き悲しみました。
あの時、姫様が虹を見ようとなさらなければ、端近に出てあの若武者に会いさえしなければ、せめてわたくしが若武者の文を渡さなければ、姫様は都で幸せな結婚をされて、こうして見知らぬ鄙びた旅の途中でお亡くなりになることもなかったと、しても間に合わぬ後悔をいたしました。
泣きながら姫様を傍の小山に葬り、(母上様はわたくしを空から見ておられるのか)と、健気に言われるお子様をお連れして、なんとかこの久我根館までたどり着きました。
これまでのことを細かに話すと、刀自様はよくわかっていただいて、自分のことのように酷い扱いに憤激され、姫様がお亡くなりになった有様を話すと涙を流してわたくしの背中を撫でてくださいました。
姫様のお子様とわたくしは、久我根様と刀自様の情け深いお心に救われたのでございます。
それからは久我根様の大恩に報いるべく、このお屋敷で礼儀作法の指南役として、わたくしの全力を尽くしてお勤めしております。
このお屋敷は大層富裕でございますが、なにしろこの辺りは辺鄙で都の風俗なども知らず、野蛮に声を張り上げたりする者も多く、すぐ南にある那加国などからも田舎者よと軽んじられているところがございます。
わたくしはこのお屋敷だけでも都人からも一目置かれるような屋敷になればと、日夜あれこれと気を配っておりますが、なかなか思うに任せない事も多いのです。
姫様のお子様は、ニ、三歳の頃はやんちゃで騒いで遊んだりすることもあったのですが、わたくしが姫様のお子様としてしっかりと躾ましたので、それは礼儀正しく、いずれに出られても恥ずかしからぬ立派な若君様にご成長なさいました。
その若君様こそは、聡明なご様子が大神官様にも認められ、信頼篤き神官となられた巽様でございます。
かえで様は自分の仕事を全力を尽くして行おうと決心されているのです。




