三歳も歳をサバ読みました
刀自様は、熊のお館様と三郎様を一撃で薙ぎ倒すと、あたしの方に向き直った。
あたしは慌てて正座になり、シュッと背を伸ばす。
しかし刀自様は、さっきまでの鋭い口調が嘘のように、穏やかにあたしに話しかける。
「のう、姫御子、姫御子はいくつになられる? 月の国では親御様が案じられているのではないか」
刀自様は、あたしをとても幼い子供のように話しているけれど、一体いくつぐらいに思っているんだろう。
もしかして、まだ子供だと言ったら、望まない結婚を強制されないかもしれない。
「はい、あたしは十二歳になります。突然この世界に呼び出されたので、親は心配していると思います」
しれっと三歳サバをよんでしまった。
「十と二歳とな......もう少し幼き御子と思いしが......仮名もまだ読めぬと聞いたが......月の国では姫君のお振る舞いは、かようなものか......」
すみませんね、姫様としての教養が無くて。
言うこと聞かずにウロウロ歩き回るし、箱に座るし、話し方も変だし、ミミズの這った字も読めないし、だけど本当は十五歳だって尚更言えなくなったじゃない。
すずちゃんがまだ九歳だというのに、あれだけしっかりしていても、まだまだ努力が足りないと言われるならば、十五歳のあたしは本当に出来損ないの落第生だろうね。
それにしても、あたしがこの世界に来て間もないのに、刀自様の所にまであたしの様子が細かく届いているなんて、この世界の情報収集能力を舐めてたわ。
特によそ者のニュースは早く伝わるのかもしれないけど。
「でも、大神官様が近々お戻りになれば、あたしを元の国に帰してくださるとお聞きしました。
あたしは東のお館様とも、西の館の三郎様とも縁を結ぶつもりはありませんから、ご安心ください」
刀自様はあたしの言葉を聞くと、皮肉な感じにふっと笑みを浮かべた。
「大神官様に何ができようぞ、偉そうに大口をたたきおるが、形ばかりの青瓢箪にすぎぬわ!」
何ですって!
神官の巽様は(三国一の大神官様)と言っていたし、大神官様の教えを受けてから巽様の神官としての力が伸びたと、すずちゃんも言っていたはず。
「大神官様がご祈祷なさると、どんなお願いでも叶うし、必ず女神様から聖託を授けられたりするのではないですか?」
「ふん、以前は聖託のご祈祷が出来たかも知れぬが、今は己が才に慢心し傲慢限り無く、己が無能を知らず顔する痴れ者じゃ!」
それまで黙ってじっと下を向いていた三郎様が口をだす。
「何という言い様でしょうか。大神官様をそのように悪様に言われるとは!」
刀自様はバシリッと扇で床を打つ。
「悪様に言うのは、悪様に言われるだけの訳が有るからじゃ! 過ぎし頃の栄華に縋りて、今を疎かにしつれば、忽ち腐るばかりであろう」
こんな風にボコボコに言われる大神官様がちょっと気の毒になってきた。
刀自様と他の人で大神官様の評価がどうも違っているらしい。
大神官様の評判が悪くても構わないのだけれど、とにかくあたしを元の世界に帰すことだけはしっかりとやってほしい。
刀自様の怒りの風向きが変わったと見たのか、熊のお館様がようやく口を開く。
「直に大神官様もお帰りになられるであろう、さすれば今一度祈祷をなして頂ければ良い。
姫様はそれまでは我が東の館にて、ごゆるりとご逗留なされ。
この西の館は男ばかりの屋敷ゆえ、行き届かぬことも多かろう」
さっきあれほど刀自様から詰られていたのに、熊のお館様も人の話を聞かないタイプだった。
「いえ、父上、我が館も、まもなくあかね様が移り来つれば、女手も増え、姫様も語らう相手が増えましょう。むろん別段に、姫様をお方様にと望む故ではございませぬ」
三郎様まで話を蒸し返す。
刀自様は、呆れたように大きな溜め息をつくと、
「のう、姫御子や、かくなる上は我が館に来るが良い。我が館には女手も多く、姫君に字や琴などもお教え致しますぞ」と言う。
そっか、刀自様は、年相応なことは何もできないあたしに『お姫様教育』を施そうとしている訳ですね。
短い時間でミミズの這ったような字を書いたり読んだりするのは難しいと思うけど、此春様父子に言い寄られる危険を考えたら、二人に勝てる強い刀自様の屋敷に移った方が安全かもしれない。
「刀自様、いましばし......あまりに急な仰せでは......」
「思い立ったら、早い方がよい」
三郎様は最後の抵抗をしたけれど、刀自様は揺るがない。
「かえで、帰るぞ、姫様の準備を」
侍女頭様は『かえで』というお名前だったらしい。
刀自様の指図でゆっくりと優雅に、しかし手早くあたしの荷物をまとめていく。
とは言え、あたしの荷物なんて、着てきた巫女の衣裳と、着物の胸に入れているスマホしか無いのだ。
あたしが今着ている着物一式は、実は刀自様があかね様のために誂えたものだったそうだ。
侍女頭様は元々北の館の侍女で、あかね様が生まれた子供を連れて西の館に移るために、先にこの館に来て受け入れ準備をしていたのだそうだ。
そんな事情を知れば、刀自様の怒りも尤もだと思える。
あたしのしたことや西の館のあれこれが、刀自様に筒抜けだった理由も分かった。
あたしは刀自様に、すずちゃんをあたしの担当として一緒に連れていってもらえないかと必死で頼んだ。
すずちゃんと一緒に過ごしたのはほんの数日だけれど、もう侍女というよりは、すごく頼りがいのある妹のような気分だったのだ。
実は侍女のかえで様は都生まれでした。
都の貴族のお屋敷に仕えていた事があるので、田舎には似合わない立ち居振る舞いなのだそうです。




