北の館の刀自様が来襲した
今日は昨日の嵐が嘘のように、朝からすっきりと晴れた。
朝食はいつもの薄いお粥(雑炊?)だった。
すずちゃんはあたしと一緒にご飯を食べず、あたしが食べるのをニコニコして見ているだけなので、すずちゃんはいつ、どこで、何を食べているのか聞いてみた。
あたしの食事が終わると、すずちゃんのような内勤の侍女達は台所の横の板敷きの間で、ご主人様達に作った食事の残りを食べるそうだ。
何かの都合で遅くなると、みんな食べられてしまって、残っていない事もあるそうだ。
下働きの者達は、更に薄いお粥を、ただし大量に食べるそうだが、いずれ力仕事をするには全然足りない。
「それでもまだ、食べるものが有るのは良いのでございます」と、すずちゃんは言う。
今年の米や麦、稗や粟などが稔るまで、去年の収穫物でなんとか食いつながなければならないので、薄いお粥でもありがたいのだそうだ。
春になって、ようやく山菜とか、木の芽がとれるようになってきたので、塩辛く酸っぱい漬物だけじゃない青物が食べられるようになって嬉しいと言う。
なんて貧しい食生活なんだろう......。
周りがみんな痩せている人ばかりなのも当たり前だった。
あたしは元の世界に戻りさえすれば、また以前と同じ食生活だけど、ここに居る人たちは一生こんな生活が続くんだ。
美味しいものをたくさん食べながら、ダイエットしなくちゃ、なんて言っていたあたしは、なんて贅沢で傲慢だったのだろう。
反省はしたけれど、やっぱりもう少し美味しい食事がしたいと思ってしまうあたしは、いつか罰が当たるに違いない。
って、今その罰が当たってる?
そんな反省に浸っていたら、本邸の方から何やら騒がしい声が響いてきて、廊下伝いにだんだん近づいて来る。
「お待ちあれ、刀自よ、刀自、ちと話を聞かれよ!」
これは雷のような声の熊のお館様だ。
「刀自様、お待ち下され......しばし......しばし、お待ち下され!」
息を切らしているのは三郎様だ。
「えぇい、放しやれ!邪魔するでない、道を開けよ!」
その声を聞くと、すずちゃんは「北のお館の刀自様が来られた!」と固まっている。
誰?と、思う間もなく、刀自様は足早に部屋に入って来るや、あたしの座っていた几帳の横まで来て座ると、ピタリとあたしを見据えた。
その後から熊のお館様と三郎様が、慌てた様子で部屋に入ってくる。
侍女頭様も一緒に来ている。
「なるほど、これは男共が身の程もわきまえず、惚けてしまう程の清げなる姫様のようじゃ」
あたしをロックオンしてジロジロと眺めるのは、白く顔を塗り眉を描いて、お歯黒をしている気の強そうな女性だ。
この世界の人の年齢はよくわからないのだが、五十歳代だろうか。
能面のような化粧はしているのだけれど、白塗りは所々ハゲて元の皮膚が見えているし、描き眉の下に本来の太い眉の形が見える。
目は少し落ちくぼんでいるが、ギョロリと言っていいような二重で、鼻は大きく張り出しているし、紅の取れかかった口は、への字形に引き結ばれている。
化粧をしていても、何よりはっきり分かるのは、熊のお館様によく似ているということだ。
「いかに月の国よりお越しの姫様とは言え、供も連れず、短き着物を着て、眉も引かず、まだ言葉もわからぬ、がんぜない子供のようではないか。かような子供に血迷うて、父子にて嫁取り争うなど、あってはならぬものを!」
刀自様は、忌々しげに持っていた扇で床を叩きながら言い募る。
扇は顔を隠すために使うものではなかったのか。
話すスピードも早いのだが、侍女頭様は何も注意しない。
「里の噂に嘲笑らるるともしらず、かくも醜くき争いの有様は、この刀自の元まで聞こえ来つるぞ。今は左様なことで争っている場合ではあるまいに!」
あたしは、あまりに強い刀自様の目の圧力と口調に怯んで、几帳の端の方までじりじりと後ずさる。
すずちゃんは更に奥の方に小さくなって震えている。
「しかし、姉上、月の国の尊い姫様は、懇ろに奉り申さねば、月の国の軍勢が我が国を滅ぼさんと攻めて参るそうにございますれば......」
熊のお館様は、刀自様の方は見ずに、言い訳のように言う。
誰よりも強そうな熊のお館様にも怖いものがあって、それがこの姉上である北の館の刀自様のようだ。
「黙まらっしゃい、そなたのお方様が亡くなられてから、まだ二年であろう、喪も明けてはおらぬではないか!いい歳の甲斐もなく、まだ幼き女子を妻にと望むなど......笑止千万なり!」
熊のお館様は、バッサリと切り捨てられた。
刀自様の前でガックリとうなだれている。
「して、三郎君」
刀自様が三郎様に目を向けると、三郎様はビクッと居住まいを正す。
「我が末娘のあかねが近頃、三郎君のお子を生したのはむろん承知のことであろうの?」
「はい......承知しております」
三郎様も青い顔をしている。
「お子が出来たときは、あれほど(我が後継ぎの男をよう産んでくれた、でかした)と喜びて毎日訪のうてくれたのに、この頃は訪れも無く、来る戦の準備に忙しうてと言うばかりではないか」
えぇ? 三郎様はあたしの所には毎日来て、長話してお酒さえ飲んでいってましたけど。
頼んでもないのに、一日に二回も来たこともあったけど、本当は戦の準備をしなくちゃいけなかったのね。
「初めはあかねを、第一のお方様として西のお館にお移り願う、と三郎様は申されしが、今この姫様を第一のお方様として本邸にお移しせむとなさるは、いかように思われての事か」
刀自様は三郎様をねめつける。
三郎様は黙って下を向くばかりだ。
ほら、だからあたしも変だと思ったんだよね。
子供を産んだばかりの新婚の奥様が、新しい別の奥様と仲良くお話なんて出来ないって。
良かった、この世界の倫理観が全部壊れている訳じゃなかった。
誰よりも強いのは、北の館の刀自様だったようです。




