雨乞いの祈祷は成功だった
その日の夜は嵐になった。
風がビュービューとすごい音で猛烈に吹き付け、お屋敷の後ろの森の木々がザワザワと揺れて、この離れの扉もガタガタと音を立てる。
風に乗って強弱をつけて降りかかる雨は、お屋敷の壁に打ち付ける。
凄まじい雨音にあたしは目が覚めて、風の音が怖くて仕方ないので、近くで寝ているすずちゃんを起こして、手をつないで隣で寝てもらう。
一晩中風雨は激しくて、あたしは何度も目が覚めてしまった。
朝になってようやく風は収まってきたのだが、雨はまだ降り止まない。
雨のせいでいつもよりも薄暗い中を、すずちゃんは今朝も早く起き出して、あたしの朝の支度とか、朝食の用意をしてくれる。
あたしよりもずっと年下なのに、本当に働き者のすずちゃんだ。
「この頃ずっと雨が降らず、作物が枯れてしまうかと案じておりましたが、雨が降って皆喜んでおります」
「そっかぁ、あたしは雨が降ると嫌だな、と思っていたけど、作物には雨が必要だものね」
「ゆうべは神官の巽様が、雨乞いの祈祷をされたそうです。やはり巽様は類い稀な力をお持ちの神官様と、皆が申しておりました」
すずちゃんは何か嬉しそうに、少し顔を赤らめる。
巽様の話題が出た途端、あたしも何故かドキッとして、顔が熱くなって来る。
「巽様は雨乞いの祈祷もできるんですね?」
「そうででございます。お子様の頃より優れて賢い方だったそうですが、大神官様に教えを受けられてからは、めきめきと力を伸ばされました。
加えてあのお顔立ちなので、この辺りの年頃の娘は皆うち騒いでおりますが、なにしろ神官様におなりになったので、縁を結べぬのが口惜しい、と皆で嘆いております」
「え?......何?......それじゃ、巽様は誰とも結婚したりしないの?」
「はい、神官様は女性と縁を結べぬ代わりに、女神様より聖託を授けられるのでございます」
なんか、ちょっとショックだった。
あんな美男の神官様だから、どうせあたしの事なんて何とも思っていなくて、あたしだけが憧れているだけなのだ。
あたしはいつもそう、好きになった人は他の人と付き合う事になるし、誰もあたしに告白したりしない。
でも、現代のアイドルのファンみたいに、憧れの人が誰かと結婚してしまうなら、結婚できない事になっている方が良いって思えないのは何故なんだろう。
「すずちゃんも、もしかして巽様に憧れているの?」
少し赤くなっているすずちゃんにカマをかけてみる。
「いえっ、わたくしなど下々の者は、思うことすらもったいないことでございます。......それでもお近くでお顔を拝見する折りがございますと......思わずお姿に見入ってしまいます」
すずちゃんは恥ずかしそうに話す。
そうだよね、あたしが思うだけじゃなくて、美男はいつの時代でも、誰にとっても美男だよね。
あたしがこの世界で美女って言われるのは不思議だけど。
今日は雨なので、どこへも行けない。
また部屋の中をウロウロするだけかな、と思っていたら、三郎様が侍女頭様を連れてやって来た。
三郎様は、いつものように穏やかな様子で長々と挨拶してから話し出す。
「姫様のお手廻りの品など、幾つか取り揃えてお持ちいたしました。
急なこと故、行き届かぬ品ばかりで面目ございませぬが、どうかお納めください。
いずれ然るべき所でお誂え致したく存じます」
「ありがとうございます。でもすぐに月の国に戻るのですから、そんなに気を使わないでください。
今のままで十分ですから」
あたしはスマホ一つ持っただけで、巫女姿のまま飛ばされてきたので、本当に着替え一つ無いのだ。
だけど、どうせ明日になれば大神官様が元の世界に帰してくれるのだから、あと一日だけ我慢して贅沢は言わない。
ニッコリ微笑んだ三郎様は、あたしの言葉など全然無視して、供の者に
「これへ......」と言う。
部屋に入ってきた供の者が、大きな木の箱を持ってきて蓋を開けると、侍女頭様は中からいろいろな物を取り出して並べる。
新しい着物一式と、鏡や櫛などの化粧道具、新しい扇、寄り掛かれる脇息、巻物も一つ入っていた。
「急にお家に泊めてもらった上に、こんなに色々と貸してもらうのは申し訳ないです」
「いや、なにも、なにも。ここは狭苦しき部屋なれば、いずれ第一のお方様として本邸の方にお移りいただく時には、美々しき品々をご用意いたしましょう」
三郎様、あなた人の話を聞いていませんね。
あたしは明日帰るつもりだから何もいらないって言っているんですよ。
第一夫人として本邸に移るつもりは無いし、いくら優しくて美男の三郎様でも、結婚して子供ができたばかりの人と結婚なんてしませんから!
あたしはツンツンして、ほとんど返事なんかもしなかったのだけれど、三郎様は今日はいやに明るく、浮き浮きと喋る。
早く帰ってくれないかな、と思っていたら、ちょうど都合よく本邸の方から家来が急いでやって来て、何事か慌てたように三郎様に耳打ちした。
三郎様はさっと顔色を変えて、急にソワソワしだすと、ろくに別れの挨拶もせずに侍女頭様も連れて帰って行った。
「どうしたんだろうね、すずちゃん、何か知ってる?」
と、訊いても、すずちゃんも理由が分からないようだった。
三郎様に貰った服を着たり道具を使ったりすると、結婚を承諾したようにとられるのが嫌だったのだけど、雨が降って寒いし、あれば便利なので、やっぱり使うことにした菜摘でした。




