9
その九
住まいにもどると、まずパスタを茹でる。朝食である。
それから母屋のほうに行ってみる。羽織袴の収納をつぐみさんに頼むのである。
しかし庭先で兄貴の気配を感じた。朝から説教されたくはない。ぼくは急いで部屋に引き返した。
「羽織袴のことはメールで伝えておこう……」
すこしごろごろしたのちに早めに図書館に向かう。
開館まえだからさすがにまだ来ていないだろうな、というぼくの予想に反して、みんみんくんはもう入口前のベンチに足を組んですわっていた。
みんみんくんは、ぼくをみるなり、
「ああ、沢田さん! 早い」
とベンチから立ちあがる。
「みんみんくんこそ早いじゃん」
「ええ。なんとなく落ち着かなかったものですから」
このあとぼくとみんみんくんは、またぞろキャンディーズにかんすることで議論する。
ひんぱんに図書館に来ているレジェンド連の一人で、おおむね喪服レディさんと呼ばれている寡黙な女性が、みんみんくんのとなりで喪服を着てたたずんでいた。
いくら寡黙だといってもほぼ毎回顔を合わせているので、ぼくは目が合えば会釈くらいは彼女にしている。だから喪服レディさんに、
「喪服レディさん、おはようございます。喪服レディさんは、キャンディーズのなかで、とくにどの子が好きですか?」
と今朝も義理で話しかけてみた。
「わわわ、わたしは……」
喪服レディさんは、常時喪に服しているだけあって、こんな心がウキウキする質問をしてあげても、ただもじもじしているだけだった。たしょう気まずくなってきたわれわれは、
「ぼくはスーちゃんが好きです」
「わたしは、ランちゃんです」
と口元が演歌歌手のようにわなわな震えていた喪服レディさんに助け舟を出す。すると喪服レディさんは、
「わたし……キャンディーズのことは、よく知りません……」
とわなわなのまま言ったのちに、
「でも、久積史歩さんのことなら、よく知っています……」
といきなり立ち上がって斜向かいの空を指差した。今度はぼくがわなわなの演歌歌手みたいになってしまった。口元だけではない。ひざもわなわな、小指だけ立てたお手手もわなわなになってしまったのである。
喪服レディさんは黒いハンドバッグのなかから、ブロマイドのようなものを取り出した。そしてぼくとみんみんくんにそれを見せる。
「この女の子が、久積史歩さんという、むかしの歌手なんです……たぶんキャンディーズとおなじころにデビューしているはずですよ」
喪服レディさんはここで初めて笑顔になった。




