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その十
久積史歩関連のものを探してたまに会長からおこづかいをもらっているぼくは、このブロマイドにもちろんかじりついていた。
「喪服レディさん、『少女のまばたき』のレコード、状態いいやつ持ってませんか?」
「わたし、『少女のまばたき』なら、三枚ほどストックしてあります。一枚譲ってもいいですよ」
そして先のような会話をかさねていくなかで、いくつかわかったこともある。
そのひとつは、喪服レディさんがなぜ喪服を着つづけているのか、ということである。それは、
「わたしはポエムを書くのに、富士通のオアシスLX―3000プラスというワープロ専用機を使っていました。ですが、そのオアシスが四年前にとうとう壊れてしまいまして……それでわたしは、喪に服すことになったのです」
という理由から発動していたのであった。さらに、
「わたしはほんとうに、そのワープロ専用機が好きだったんです。でも、どこの店に行っても、もうオアシスLXシリーズは売られていませんでした。パソコンというものはありましたが、あれとはやっぱりちがうんですよ。だいいち、うしろに、プリンターがついてないじゃないですか! 店員さんは、いまの製品のほうが性能はいいと言っていましたが、わたしは性能がよければ、そちらのほうがいい、と思う女子ではないんです。わたしが慣れ親しんで好きになっていったものは、すこしずつ世間から消えていってるんです。わたしはとても悲しい気持ちになりました」
という心情により喪服レディさんは一人旅をする。で、とある村の温泉旅館でたまたまうたっていた久積史歩さんを観て、すっかり久積さんのファンになってしまったようなのである。
このことを会長に報告する。
「すぐ事務所に来い!」
会長はすぐ最後通牒を送ってきた。
とりあえず、三人で事務所に向かう。
「おお、沢田くん、早かったなぁ。三原くん、しばらく。ああ、この子が、喪服着てるから、さっき言ってた喪服レディさんだな。はじめまして」
到着するなり、迫力満点でわれわれにこう言った会長は、喪服レディさんからのさらなる説明を聞くまでもなく、もう、
「側近の運転で、いまからその温泉旅館に行ってもらうからな」
と決めてしまっていた。
「三原くん、きょうは例の音楽教室の日かい?」
「ええ」
「じゃあ、そっちは和貴子に代わってもらうように、こっちでうまくやっとくから、温泉旅館のほう頼むよ」
「わかりました」
そもそも会長の会社の短期パートをぼくに紹介してくれたのは、みんみんくんである。やはりそれなりに面識はあるようだ。
「あっ」
みんみんくんの教室の話が出た流れでぼくはモモヨちゃんとの約束を思いだす。会長に話すと、会長はそれも側近のだれかに処理させると請け負ってくれた。
おのおのいったん帰宅して宿泊の準備をしたのちに、側近氏の車に、ぼく、みんみんくん、喪服レディさんの順番でひろってもらう。
喪服レディさんはラジカセを持参してきて久積史歩さんの曲をかけてくれた。カセットには知らない曲も何曲か入っていた。ぼくは喪服レディさんにもその楽曲にも感服してしまった。
「側近さん、おつかれさまでしたぁ」
テープを聴いていると、やがて温泉旅館に到着した。
チェックインしたのちにさっそく旅館の番頭さんに久積史歩さんのことを聞いてみる。
久積さんはいまはどこかの健康ランドで、仕事をしているとのことだった。
側近氏に、
「どうしましょうか?」
ときいてみると、
「せっかく来たんだから、一泊くらいしていきましょうよ」
と氏は思いのほか強気な姿勢だった。われわれも一任する。
「ここの温泉は、血行がよくなる効果があるんですよ」
と番頭さんは言っていたが、喪服レディさんは否定的だった。
しかしその温泉は混浴なのであった。効果など問題ではないのである。何が何でも入るべきである。
「ねえ、みんみんくん、混浴ってさ、おしゃべりしててもいいのかな?」
「どうでしょう……でも、なるべく私語は謹んだほうがいいのかもしれませんね」
「うん」
「しかし政治の話だったら、おそらく大丈夫でしょう」
喪服レディさんにお聞きしてみると、
「ええ、わたしも混浴にします。露天ですから」
と案外平然としていた。
しかしこのあと入浴すると、喪服レディさんは露天のどこにも見られなかった。おそらく恥ずかしくなってしまったのだろう。
「バスタオル、黒いの、ないからかな……」
側近氏も少し心配していた。
遠くのほうから熱心に政治問題を論じている人の声がきこえた。露天風呂の浅瀬のあたりだろうか。女子は混浴でのバスタオル使用可であり、男子は露天での政治トーク可なのだろう。さすがみんみんくんである。そのみんみんくんが、
「あそこで政治の話をしてる紳士に喪服レディさんのことを聞いてみましょうか」
という案を出してきた。
「そうですね」
われわれは、その紳士のところまでジャブジャブ近づいていく。




