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その五
こういうことは、野菜をざっくり切ったほうがカレーはおいしくできるとか、フライドチキンは行儀のことを無視して食べたほうがむしろ行儀がいいなどという法則とも通じているのかもしれないが、先のように訂正を怠っていたのが幸いして、ぼくは会長たちとわかれたあと、和貴子さんの家にお邪魔させてもらうことになっていた。
ちなみに高松和貴子のプロフィールに記してある二十九歳というのは、
「じつは十歳以上さばをよんでてよ」
とのことである。
玄関のわきにある階段を指さしながら和貴子さんは、
「沢田さん、こっちね」
と言ってきた。和貴子さんのお部屋は二階のようだ。
しかし二階にあがると、
「沢田さん、こっちね」
と今度は梯子を指さしていたので、先のように思い込んでいたぼくはつい、
「え」
と言ってしまった。和貴子さんは、
「以前は二階にわたしの部屋があったのですけど、兄さん夫婦にもう一人子どもができたものですから――」
と弁明してきた。こちらもあわてて住居の説明をする。
「変わってるのね。今度、遊びに行きたくってよ」
さっき会長が言っていた作詞家うんぬんという例のやつを、和貴子さんはどうも本当だと思っているようで、
「ちょっと着替えます」
と断るとベッドにもぐって、これみよがしにくねくねやっていた。ぼくはからだぜんたいがガクガクふるえてしまった。ここは一先ず退散である。
和貴子さんにその旨を伝えると、
「作詞のほう、お願いしますね」
とまたぞろいってきた。こちらはあのくねくねをもう一度見てしまったら掛時計の針も屋根裏にあった変な土偶も高速でぐるぐるまわってしまうくらい興奮するであろうという状態だったので、きちんとこたえることはできなかった。
「おじゃおじゃおじゃおじゃお邪魔して、ございました」
教会に帰ってからも一種の興奮状態は続いていた。
明け方、
「和貴子和貴子和貴子和貴子和貴子和貴子和貴子和貴子和貴子和貴子和貴子和貴子」
と五郎叔父さんみたいにボールペンで書きまくる。
和貴子さんは朝方の夢にもくねくねで登場してきていたのである。明け方二度ほど短い眠りののちに目覚めたのだが、二回とも和貴子さんはくねくねをおこなっていた。
「シャワー浴びるか」
寝不足のまま図書館に行き、そこで仮眠がご専門の常連さんに指導してもらいつつ、うたた寝を決め、教会に午後五時にもどる。このうたた寝のときは、くねくねは出てこなかった(フォークナーの『八月の光』のリーナは出てきた)。
「ごめんください。ごめんなさい」
和貴子さんは宣言どおり、ぼくのウチにさっそく遊びに来てくれた。サインペンで書きまくりながら祈っていたことが成就されたのだ。ぼくはすっかり舞いあがってしまい、お茶や座布団をお出しするより先に、
「ちょっと、ちらかってますけど」
とタオルケットをつい渡してしまった。




