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4


      その四


 風呂からあがって、つぐみさんにもらったおかずと何を組み合わせようか迷っていると、先にあげた会長から、


「おお、沢田くんか、いまから、おれの店に来いよ」


 という最後通牒が送られてきた。


 そんなわけで、ぼくはバスで店に向かう。


 この〝おれの店〟というのは、小さなステージで生ライブなどもおこなっている〈浮沈〉というバーのことである。


「おお、こっちだよ、沢田くん」


 と会長が呼んでいる席へもみ手をしつつすわると、そこにはきっと会長のドンジャラ仲間だろう、六十前後の白い髪を真ん中で分けた押し出しのいい初老の紳士が腰掛けていた。


 ぼくはあたまを下げる。


「こんばんは!」


 白髪の紳士は大声でこう言ってきた。


 側近の一人がすぐ注文してくれたビールをグビリと飲むと、会長は、


「よし! じゃあ、そろそろはじめるか!」


 と案の定ドンジャラをはじめようとしていたが、会長がいつも、ドンジャラ、ドンジャラと呼んでいるマージャンとおなじようなゲームのパイは、おもちゃ屋さんに売られている普通のドンジャラのように、ドラえもんだとかのび太だとかが描かれているわけではない。


 会長が使っているパイは、もちろん特注だろうが、淡島千景だとか榊原るみだとか、そういう五〇年代から七〇年代にかけて活躍していた女優や歌手の似顔絵が描かれてあるのだ。


 そんなわけだったので、展開によっては勝ち方が司葉子、月丘夢路、「ロスインディオス&シルヴィア」のシルヴィアといったような贅沢で芳醇なものになることもあるのだが、まあそれはともかくとして、


「ああ、おれ、久我美子を、ずっと待ってたのに、沢田くんがもってたのかぁ」


 と一勝負おわったあと、ぼくの分の酒もおかわりしてくれた白髪の紳士は、会長や側近氏が、


「市長」


 とか、


「森中市長」


 と呼んでいるところからかんがみるに、十中八九、このK市の現在の市長さんだと思われた。


 しかし今度の市長選では対立候補が最近まで地元テレビ局でレギュラー番組までもっていた「ルービック直美」という、ルービックキューブを用いての健康法を市内にひろめた一種の文化人なので、もしかしたら今回現職は負けるのではないかとも、ささやかれているのである。


 ちなみに先日ルービック直美は駅前で演説をしていたが、選挙カーのまわりに集まっていた市民たちはルービックに拍手や声援を送ると、おのおのポケットからルービックキューブを取り出して、一斉にガチャガチャとやりだしていた。あの勢いならば、


「今回はルービック直美が勝つんじゃないかしら」


 というつぐみさんの予想も当たる可能性が高いと反ルービック派のぼくも思ったのである。


 ドレスを着た高松和貴子という演歌歌手が小さなステージにあがった。


「色気がすごいな」


 ぼくは思わずステージに見入ってしまった。


 すると会長が、


「よし、じゃあ、ちょっとドンジャラはひと休みするか」


 とぼくのひざのあたりを揺すりながら言ってくれたので、このあとは酒を飲みながら集中して高松和貴子さんの歌を聴くこととなる。で、三曲ほど歌い終えると高松和貴子さんはそのまま、


「会長、どうでした? あっ、市長さんも今夜は観にきてくださったのね」


 とわれわれの席にあいさつをしにきた。


「おお、和貴子! ん? いまの? うーん、そうだなぁ、まあまあ、よかったよ」


「そう? 会長の『まあまあ』は、ふつうの人の『すごくいい』くらいだから、和貴子、今夜は日記につけてよ」


「和貴ちゃん、会長がこのまえ、『和貴子にはプロデューサーがいないから、おれがいいのみつくろってやる』って、言ってたよ」


「市長さん、それ、ホント? 会長、ほんとに、プロデューサーを和貴子にあれしてくださるの?」


「ああ、ほんとうだよ。そのうち和貴子に紹介するよ、あはは、あはは!」


 和貴子さんに、


「でも会長、そのまえにこちらのお若い方、紹介してくださらない」


 と言われた会長は、


「おお。こちらの青年はねぇ、すごいよ和貴子」


「あら、そうなの」


「ああ、もうなぁ、そうだなぁ、なんだ、やっぱり先生だよ、先生! 天地真理とかな、キャンディーズとかな、ええ、あと誰だっけ? 沢田くん」


「いま、あげてくださったほかに、とくにくわしいのは、太田裕美さんです」


「そうそう! 太田裕美ちゃんとかな――おれも太田裕美ちゃん、けっこう好きなんだよ、声がいいよな」


「ええ」


「とにかくそういう歌手とか、古い歌謡曲なんかをいっぱい知ってるんだ。あと、本もやたらに読んでる。な?」


「はい。図書館に入り浸っております」


「あっ! じゃあ、このあいだ、ちょっとおっしゃってた、作詞家の先生でらして?」


「おお、そうそう、そうだよ、なあ、沢田くん! あはは、あはは!」


 などと、てきとうなことを言っていたけれど、会長はいつでもこれくらいの冗談は言っているし、それにこんな説明を思わせぶりな表情でハンカチを噛み噛み聞いていた和貴子さんも、


「そうでしたのぉ。それじゃあ、会長や市長さんのことは放っといて、沢田さんに和貴子、今夜は奉仕してよ」


 と世慣れた受け答えをしていたので、ぼくのほうもわざわざあらたまって、


「いえいえ、ぼくは、ただのらくらしてるだけですよ」


 と訂正はしなかったのである。


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