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その三
タッパーをもって、住まいの教会へもどる。そして、
「ほんとうは太田裕美ちゃんが最強なのかもしれない……」
などと思いつつ風呂の用意をする。この浴室の鏡の横っちょには、
「求めよ、さらば与えられん」
と書かれたプレートが貼りつけてある。太田裕美ちゃんで気持ちが高揚していたぼくは、その勢いに任せて、
「ええ、キャンディーズのいろいろなものを手に入れたく思っております。太田裕美ちゃん関連もかなり欲しいです。どうかひとつ、よろしくお願いいたします――」
ともぐもぐいってみた。しかしほんらいは、
「ああ、神さま、会長に探すよう命じられております、久積史歩関連のものへと、どうかこのわたくしをみちびいてください」
と言うべきなのだろう。なぜならばこの一年間で「あぜ道を歩きたい」というシングルを一枚みつけただけだからである。
会長はそんなぼくにたいし、
「あはは、あはは! しょうがねぇなぁ、まあ、がんばれよ」
と寛大な処置をいつもとってくれている。ありがたいことである。しめしめである。
それでもまあ、いちおう仕事なわけだから、ときにはきょうのように古書店や中古レコード店を巡り歩いたりはしている。とはいえじっさいは、個人的にキャンディーズや太田裕美さん関係のものを手に入れたいと思っているから巡っているのであった。
久積史歩のレコードを探すことで会長からおこづかいをもらっているこの一年間とまえの会社ではたらいていた五年間とのあいだに約一年ほどぼくのヒストリーには何もしないでぶらぶらしていたいわゆる「ぶら紀」というものが挟まれている。
その時期にはすでにぼくはこちらの教会に引っ越してきていたので、わりと雄大な心持ちでもって最初は生活していた。家賃の出費が実質ないからである。しめしめである。
その時期でもぼくはキャンディー関連のコレクションはもちろんしていたが、こちらのほうはそうそう良い品があるわけでもないし、それに基本的にはレコードや写真集などといったオーソドックスなものにしか興味をもっていないので、たとえ二、三品、おもいきったものを買ったとしても、それによってぶらぶらがぐらついてしまうことはなかった。
しかし、たまたまつぐみさんに付き合わされてデパートへ行ったときに「アーノルド・パーマー」というメーカーの売り場担当だった上村香子似の女性に他の客からマネキンとまちがえられるくらいのひと目惚れをしてしまって、ひと目惚れというのは若い頃はだいたい二日に一度くらいはしていたから、これを重要と思いすぎてはいけないということは硬直しながらもじゅうじゅうわかっていたのだけれど、それでもとくに三十をすぎてからは久しく味わっていない感情ではあったので、ちょっぴりセンチな女の子がナタデココなどの浮世ばなれしたデザートに二十五、六になってもまだのめり込むように、このアーノルド・パーマーの女性に入れあげてしまって、で、けっきょくぼくはその女性が接客しているとき限定で、コロ付収納ケースにして三個ぶんくらい傘のマークのついたお洋服を買ってしまったのであるが、自身で定めたタンス預金の額を一円でも下回ると小指を立てて急にそわそわしちゃうわたくし沢田ひずるだったので、女性が既婚者だと判明したのちには、ぶらぶらがたしょうぐらついて、
「使っちゃったぶんくらい、稼がなくちゃな……」
という気になってしまった。
いまでもけっこうおもむいているけれど、ぶらぶらしていたころのぼくは、何人かいると思われる名物キャラクターの一人に水面下で登録されているくらい図書館にはげしく通っていた。
それでそんな関係から、みんみんくんという(かれもおそらく名物キャラクターの一人になっている)、ぼくより三つ年下の青年ともいつのまにか交流するようになっていたのだけれど、ある日、そのみんみんくんにアーノルド・パーマーの買いすぎで、いまそわそわしちゃっているんだ、とフリースペースのベンチで菓子パンをほおばりつつ話してみると、みんみんくんは、
「じゃあ、短期パート、やりますか?」
と自身も何回かやったことがあるという健康飲料の手売り販売のような仕事を紹介してくれて、まあ、このときは手売りする商品がたまたま新発売の「ゼツリンサイダー」だったので、その口当たりのよさも手伝って、ぼくはかなりの本数を売ることができたのだが、六日目だったかに日払いで連日もらっていたお金を受け取りに指定された場所にまたぞろ行ってみると、天動説みたいな感じの象や亀がプリントされてあるスウェット上下を着ていたこわもての方が、
「なんだお兄ちゃん、いまの口笛、久積史歩の『あぜ道を歩きたい』じゃんか!」
と順番待ちの列にならんでいたぼくの肩をトントンと叩いてきて、で、ぼくはその数日、他界したおじいちゃんのレコードコレクションのなかにあった、この「あぜ道を歩きたい」をとくにジャケットが気にいったがためにけっこう聴いていたので、
「ええ。このジャケットのブラウスは、とてもいいですよね」
とこわもてのその方にふるえながらともかくこたえたのだけれど、後日、この会社のいちばん偉い人だと判明したいわゆる〝会長〟は、
「話あるから事務所に来いよ」
という直筆の手紙を側近経由で実家のほうによこしてきて、それで教会でごろごろしていたぼくは、つぐみさんからその手紙を受け取ると、当然しどろもどろになってしまって、寝間着姿のまま、あふれだす涙が横っちょに流れるほどのスピードで自転車を立ちこぎして指定の場所へ向かったのだが、事務所に着くと、
「すすす、すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「どうした土下座なんかして――もう行くぞ」
と会長はすぐぼくを高級車に乗せて、料亭みたいなところに連れて行ってくれたのだった。
「沢田くん、その年齢で史歩ちゃんを知ってるなんて、たいしたもんだぞ。あはは、あはは!」
「もちろん知ってますよ。史歩ちゃんは若い頃の香川京子くらいブラウスが似合って、それでいて三十五、六の松尾嘉代に匹敵するくらい色気があるんですから」
「うーむ、なるほど、確かにな」
「でしょ。あはははは。会長! もう一杯やりましょ♪」
そんなわけで、ぼくはその日を境に、こわもての会長と親しくなり、そしてこんにちでは――これは先にも記したが――久積史歩関連のものを探す、という仕事まで、会長からみつくろってもらっているのである。




