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その二
キャンディー関連の収穫は、けっきょく先の写真集一冊だけだった。
とはいえ、きょうのぼくはちがう古書店で太田裕美ちゃんが表紙になっている雑誌をすでに一冊入手していたのである。
だから、家に帰って義姉に軽自動車の鍵を返しにいったときにはそれなりに気分はよかった。
「ありがとう、つぐみさん。おかげさまで、いいものを、みつけることができましたよ」
「よかったわね、あっ、ちょっと待ってて」
つぐみさんは、いまちょうどつくっていた晩飯のおかずをタッパーに詰めてくれた。
「あっちにご飯あるでしょ?」
つぐみさんがいった〝あっち〟というのは先に説明した例の教会のことである。
ぼくはだいたい日々のお食事は教会のほうの小さい台所で甲斐甲斐しくつくっているのだ。
それでも、こんな感じで母屋に顔を出したときとか、つぐみさんがなぜか定期的に挑戦している前衛的な料理をつくってしまったときなどは、こうやってタッパーなどに詰めてもたせてくれることもある。
ぼくより三つ年上の兄貴とたしかおない年だから今年でたぶん三十六くらいになるはずのつぐみさんは、小学二年生の男の子と幼稚園の年中の女の子という二人の子どもがいるにもかかわらず、たとえばぼくといっしょにいたりすると、かならずぼくの妹と人びとに判断させるくらいの凄まじい若づくりを常にしている。
ちなみにこのときのつぐみさんは、ふつうにオーバーオールみたいなものを着ていたが、先日のゴールデンウィークのときには義姉は、
「子どもたちと公園で運動するから」
という理由で、かつてつぐみさん自身が身につけていたと思われる胸にゼッケンのついた体操着をオールドスタイルのブルマとともに着用していたのだった。
つぐみさんはここ数年、市民サークルのような感じの劇団の活動にかなり熱心になっているので、もしかしたらそちらの関係で古いブルマを引っぱり出したのかもしれないが、仕事が忙しいのか、あるいは嫁のオーバーアクトが気恥ずかしいのか、旦那である兄貴も、それから向こうの両親も、だれもこの劇団の発表会を観にいこうとはしなくて、だから公演のときには家族のなかではずば抜けて時間に余裕のあるこの義弟が、上の男の子と下の女の子をつれて観にいくことになっているのである。




