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その一
むちむち感をひけらかすにはうってつけのピチピチTシャツを着たスーちゃんが、リクライニングソファにすわって、あらぬ方向をみつめている……。
そんなポートレートがおさめられた「さよならキャンディーズ」をぼくは三冊持っている。
「さよならキャンディーズ」とは初版が昭和五十三年の写真集である。
三冊も持っているからだろう、市役所やファッションセンターであたふたしてしまったさい、
「うーん……この局面ではたしかに圧されぎみだけれど、でも、キャンディーズ勝負だったらぼくは負けない。決して負けないんだ」
と思うことがある。
そんなわけだったので、このたびも「さよならキャンディーズ」を古書店より購入したのであった。これで四冊目である。
この写真集は、キャンディーズのファンになったばかりのころから、もうぼくは所有していた。母方の親族関係者からおおむね奇人や変人のようにあつかわれている五郎叔父さんがある日贈与してくれたからだ。
五郎叔父さんは、キャンディーズにからんだ事柄にかんしては決して寛容ではない。
だからおそらく、ぼくは叔父に自分もキャンディー狂の一人なんだということを、なんらかのかたちで告げていたのだと思う。
この叔父は学生のころ、たしか「新キャン連」というキャンディーズのファンクラブみたいなものに入っていた。母によると、なんでもそこでは幹部クラスのような地位にいたということだ。
しかし五郎叔父さんは、キャンディーズにかんすることを口にすることはほとんどない。キャンディーズが解散してしまうと知った当時の五郎叔父さんはかなりのショックをうけて、実家の庭で三週間もぶっつづけで一人バーベキューを敢行した。つまり叔父さんにとって、キャンディーズというのはそれくらい尊いものなので、軽々しく話すことはないのである。
とにかくそんな感じで五郎叔父さんはかたくなに口をとざしているわけだから、親族のあいだでも叔父がランちゃん、スーちゃん、ミキちゃんのうちでいちばんだれが好きなのかということすらもいまだにわかっていない。
三年ほどまえに小春伯母さんが、
「五郎はたぶん、ミキちゃんがいちばん好きなはずだよ」
というようなことをぼそっとつぶやいたかと思えば、その小春伯母さんの娘のいずみちゃんなどは今年の元旦そうそう、五郎叔父さんはボールペンだかサインペンだかのためし書きのさい、ランちゃんランちゃんランちゃんランちゃんと、紙いっぱいに書いていたからぜったいランちゃん党よ、と主張しているという迷走ぶりなのである。
ところでぼくはというと、お三方みんなそれぞれに好きなのだが、とくにだれがいちばん好きなのか一人あげてくれ、と頼まれれば、部屋に貼られてあるキャンディーズのポスターを凝視するさいの割合などからかんがみても、
「やっぱりぼくは、スーちゃんが好きなんですかねぇ、ええ」
とこたえることになるだろう。
現在ぼくは、実家の敷地内にある小さな二階づくりの教会然とした小屋に住んでいる。これは祖父が生前建てたものである。
おじいちゃんは当時まだ新婚だった孫夫婦に気をつかってか、母屋を出て、こちらの教会の一階で寝起きしていた。
だから祖父が他界したのを機にぼくがこっちに引っ越してきたときも、とくべつ改築したりする必要はなかったのである。
おじいちゃんは信仰心はそれなりにあったようだけれど、牧師だとか伝道師だとかではなかったので、最初はこの建物をあくまでも自分専用の祈りの場として使っていた。
しかしいつごろからか、信仰している人どうしの交流の場としても用いられるようになっていたみたいで――ちなみにぼくも「ハイサワー」とみんなに呼ばれていた、自称〝どこかよその地域のたいへんな名士〟だという胡散臭い翁と何度か飲んだことがある。
洋館づくりの外観とはうらはらに、なかは一階がすべて和室みたいになっているのだが、おじいちゃんは最初から、こちらで生活するつもりでいたようなので、これは母がいつかこぼしていたような設計士のミスだとか、そういうことではないはずである。
それで二階はというと、こちらはいちおう祈り専用のスペースなので絨毯のようなものが敷いてあったり、あれはたしかステンドグラスというのか、絵の模様みたいになっているガラス窓がはめこまれてあったりするのだけれど、この建物を引き継いだぼくには一階の六畳と四畳半でじゅうぶんだったし、それに祈る習慣も立派な信仰心もほとんどなかったので、たまに掃除をすることはあるが、それ以外ではほとんど二階にはあがりもしないのである。




