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その十五
英気を養ったのちに教会に帰ると、つぐみさんから、
「智美のお迎えに行ってきて」
というメールが送信されてきた。ぼくは「わかりました」と返信する。
普段のらくらしているぼくは、姪っ子のお迎えをちょくちょく頼まれているのだ。
幼稚園の門のまえには愛ちゃんママがいた。愛ちゃんママは現在二人目のお子さまをご懐妊中である。あいさつすると愛ちゃんママは、
「今日、あそこの公園で、キャンディーズの歌謡ショー、やるんだってね」
と言ってきた。
ポール・マッカートニー死亡説だとか、コーラを飲むと背が縮む説だとか、元巨人軍の槙原投手とせんだみつお同一人物説だとか、コーラを一気飲みしたあとにすぐダッシュすると、おなかが痛くなる説だとかといったことが証明しているように、噂というものは、ある種の生命力をもつと真実をもわきに押しやってしまうほどの存在になるものだが、現在この界隈をかけめぐっているらしいキャンディーズのコンサートうんぬんという噂は、コンサートをおこなうその歌い手というのが他でもないあのキャンディーズだっただけに、そうやすやすと信じてしまうことはなかったのだった。
「いきなり復活するわけないよ」
智美と家に帰ると、母屋には誰もいなかった。だれかが帰宅してくるまで智美と待機していることにする。やがて上の男の子が小学校から帰ってくる。そのあと義姉も、
「ありがとう、ひずるくん」
と帰ってきた。ぼくは教会へもどる。またぞろ野口五郎のアルバムを聴いていると、みんみんくんから、
「ランちゃん役は和貴子さんでいいでしょうか?」
という電話がかかってきた。
ぼくは「うん、いいんじゃないかな」とてきとうにこたえる。
先日、会長邸で観た例のミュージカルの配役かなにかでみんみんくんは相談してきたのだろうと思っていた。だが、このあと呼ばれて行ったKの森総合公園の第三グラウンドでは、なんてことないこの界隈でまことしやかにささやかれていたキャンディーズのコンサートがほんとうにおこなわれていた。
「んんっ、んう♪」
しかしスタッフがもっていたプラカードのキャンディーズという文字はよく見ると小さい「ィ」が抜けていた。それからランちゃんスーちゃんミキちゃんのお三方も、よく見ると和貴子さんとモモヨクンと謎のウーマンさんということになっている。
「そういうことだったのか……」
コンサートがはじまると、バーベキュー広場に潜伏していたらしい一男さんが春風にさそわれてタウンに登場してくる例の方々のようにこちらにシフトしてきた。そして一男さんは、最前列で、
「『どれがいいかしら』も、うたってくれー!」
と叫んでいたのである。
そんなわけで会長は、
「これで恩返しができた。あはは、あはは!」
ということになり、打ち上げも会長が喪服レディさんと久積史歩ショーを観ていた健康ランドの宴会場で盛大におこなわれることとなった。
「はーい、今夜おこなわれた、キャンデーズのコンサートはどうだったマキ?」
打ち上げの席においても、こんなふうに司会をしていた竹谷真紀ちゃんは、まずキャンデーズの役を務めていた和貴子さんとモモヨクンと謎のウーマンさんに、
「うたっているときは、どんな気持ちだったマキ?」
と感想を聞くと、つぎに森中市長を壇上に呼んで、
「みなさーん、この〝キャンデーズカーニバル〟を実現させてくれたのは、こちらの森中市長なんですよ。知ってたマキ?」
と市長に拍手をしていた。拍手をしながら「パチパチパチパチ」とも真紀ちゃんは言っていた。
マイクを真紀ちゃんから渡されると、森中市長は、
「わたしは、今夜のキャンデーズカーニバルを観て、やっぱりミニスカートはすばらしいと思った! みなさん、わたしは、今度の選挙に再選したら、かならず、このカーニバルをまた実現させます! ルービック直美なんかは、ただガチャガチャやってるだけで何にもできない! ですからみなさん、どうかこの森中に、一票いれてください! あんな、むずかしいルービックキューブみたいなものは、ぶっ壊します!」
と案の定まくしたてていた。
森中市長は、宴会場にいた市民のほぼ全員と握手をすると、
「いやあ、みんみん先生、わたしはねぇ、かなりの手ごたえを感じましたよ!」
ともどってきた。そしてまたぞろ耳打ちをはじめる。
五郎叔父さんと一男さんの二人は、よりによって今宵は一段とこわもての身だしなみになっている会長をはさんで、
「スーちゃんがいじわるな役で出ている時代劇を観たとき、おれ、くやしくて涙出てきたよ」
「うん、わかるよ……おれだって、このあいだスーちゃんがトーク番組で『キャンディーズ』っていう言葉をなにげなく一回だけ発したとき、全身に戦慄がはしったから……」
というようなお話をしていた。しかも五郎叔父さんは命が惜しくないのか、
「ところでキャンディーズのなかで、だれが好きなんですか」
などということまでも会長にきいている。太田裕美ちゃんや天地真理さんならともかく、キャンディーズにかぎってはいままでほとんど関心をしめしていない会長が、今夜はどうしたのだろうか、意外にもこの問いかけに、
「おれはね、五郎くん。じつはミキちゃんがけっこう好きなんだよ」
と穏やかにこたえていた。会長はいつになくご機嫌だったのだ。昼間に喪服レディさんと久積史歩さんの歌謡ショーを観たからだろう。こののち、
「いままで誰にも見せなかったキャンディーズ関係の資料を、今夜はとくべつに鑑賞させてあげるよ」
という五郎叔父さんのお誘いにぼくたちは乗る。というわけで、変則的な二次会の場にぞろぞろ移動することになった。




