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その十四
三十歳をすぎて、ものごとの分別がある程度つくようになってからは、健康に良いお飲み物――ココアや豆乳や青汁やトマトジュースや粉末ジュースをなるべく取るようにしている。そしてナッツ類――アーモンドや落花生やクルミやピスタチオやベビースターも日々摂取しているのである。
モモヨクンは、昨日音楽教室のときに演歌歌手の和貴子さんから先のことや教会の二階が空いていることなどを聞いたらしく、ココアを飲んで一息つくと、今晩ここに泊めてくださいと陳情してきた。
それでも、さすがにすぐ、
「うん、いいよ」
とは言えなかった。ココアのさじ加減をほめてくれたが、三十を過ぎて分別があるので言えなかったのである。ともかくその理由をうかがってみる。
「一週間前から、お姉ちゃん夫婦がいろいろあって、三永家に住み着いてるんです」
「なるほど……」
ぼくは兄貴夫婦と同居していた時期もあるので気持ちはある程度わかった。
けっきょくモモヨクンには、
「いいよ」
と宿泊を許可してあげた。モモヨクンは、
「もう、お風呂に入りたい」
とのことだった。ぼくはモモヨクンが指定したシャンプーやリンスなどをもよりのドラッグストアに買いに行き、そして、
「出ました。つぎどうぞ」
と風呂からあがったモモヨクンのあとに入浴した。
モモヨクンはいつのまにかパジャマを着ていた。いちごの水玉であった。
晩飯の希望を聞くと、それよりも布団に横になりたいとのことである。重ねて、
「いっしょに横になりたい」
と希望してくる。もちろんこちらもすぐ、
「いいよ」
とは言えなかった。ある程度分別はつくのである。またぞろ理由をおそるおそるうかがってみる。するとモモヨクンは、わたしはまだなにも知らないから、おしえてほしいとのことであった。こちらもけっきょく、
「いいよ」
ということとあいなった。
ぼくは、モモヨクンが知らないということを一つひとつ肉声で言ってもらったのちに、それを一つひとつ、モモヨクンに執拗におしえてあげた。
ひと通りおしえおわると、モモヨクンは責任がどうのこうのとむにゃむにゃ言いつつすやすやと眠ってしまったが、夜中にあれはたぶん祖父の友人だったインチキ牧師の通称ハイサワー氏の夢をみていると、
「ねえねえ」
とモモヨクンはぼくを揺すってきて、
「ちゃんと買ってきてたんですね」
と先ほどモモヨクンにたのまれて買い出しにいったドラッグストアのレシートをレジ袋から出してきた。
そんなわけでぼくはまた、
「超うす型って、普通のと、やっぱりちがうんですか?」
とレジ袋からその超うすのやつと栄養ドリンクを取り出していたモモヨクンに英才教育をほどこすことになる。さらに翌朝朝食を取ったのちに、
「どうする?」
ときくと、
「指導してください」
とのことだったので、三度目と四度目の英才教育をほどこすこととなった。
モモヨクンはその後、みんみんくんにメールで用事を頼まれたらしく、
「いってきまーす」
と出ていった。
五度目の英才教育を目前にひかえ、たしょう危機感を感じていたぼくは内心ホッとした。あまりにも熱心に教育をほどこしたがためにふらふらだったのである。
英気を養う必要があった。昼食はステーキハウスにおもむくことにする。
ステーキハウス〈一週間に十日来い〉には竹谷真紀ちゃんがいた。一人で食べていた。真紀ちゃんも英気を養う必要があるのだろう。
「これから司会の仕事があるの。それでスタミナつけようと思って」
「今回は何の司会ですか?」
「コンサート」
「誰のコンサート?」
「キャンディーズです」
「キャオ!」
「会長に頼まれたの。沢田さん、知らなかったマキ?」




