腕時計
高木さんと橘さんとの飲み会は
仕事の話は一切出ない。
記憶を保っているタイプの私でも
話の中身を思い出せないけど
それが後腐れなく
逆に何を喋っても漏れることない
妙な安心感もあった。
酔っていても
高木さんはさりげなく
壁側に私を寄せて
他の男性客と離れさせてくれたり
グラスが空けばすかさず声をかけてくれたり
私をとことん女の子扱いしてくれる。
無意識に愛される
天性の人たらし
多分こういう人を言うと思う。
私も高木さんみたいになりたい。
難しいこと考えていたら
すぐ顔に出てしまうし
行動する前に道筋を考えてしまう癖。
性格なんだろうけど
自分でもうざったいし面倒くさい。
「深山さん、今日も終電?」
23:00を過ぎた頃、
橘さんが腕時計を指さしながら
時間確認しなよっていう目線を送ってくる。
この間もこのくらいに
声をかけてくれたっけ。
急激に我に返るーー
確か23:30頃、お店を出て…
ドクンーーー
ヤバイ…
心臓が大きくなった感覚。
身体中がドクドクする……
全然忘れられないじゃん、私。
あの時と同じ状況になったら、私。
全部…
完全に思い出す。
高木さんのトイレは恒例だし
このままだと間違いなく
同じ状況……になる。
橘さんの腕時計を見ると
筋張った左腕も見えて…
胸が締め付けられる。
あの夜
両手を握られた
力の強さを思い出し始めていた。
私の両手を片手で軽々と…
大きくて熱かった左手。
「っっ…」
無理!無理!無理!!!
前回とは変えないと…
「……このお店、何時までですか?」
今夜は帰ったところで
家に私一人だし、
終電を見送る覚悟を決めた。




