掠れる声
「もしもーし?」
受話器を耳に当てたまま
固まってしまい、私は声が出せない。
「あれ?電波かな…聞こえてますか?」
「…ぁ、おつかれさまです」
何拍か置いて、やっと出せた声は
掠れていて喉がカラカラで
自分の声じゃないみたいだった。
隣の席の内勤さんが
代わります?と
手でジェスチャーしているのが見える。
大丈夫!
と私もジェスチャーで返す。
具合が悪そうに見えたのかもしれない。
やっぱりあの出来事は
悟られてはいけない。
だから、
社内でアレコレあるのは嫌なんだよ。
フーッと息を吐いてから
表情も声もいつも通りのつもりで
話し出す。
「すみません、橘さん」
名前を出すと
トクントクンと胸が鳴る。
息が苦しくなる。
気にしない…なんて私には無理だ。
「あー、深山さんか。定時間際にごめんねー」
そんな私の様子なんて
全く気に留めることもなく
普段通りの橘さんの声。
ーそうだよね
覚えてないよねーー
わかってるよー
ーわかってたけどさ
私と橘さんの温度差に
なんだか悲しくなってしまう。
仕事の電話。
会社だから当たり前なんだけど
少しずつ手が震えて
ドキドキが
ズキズキに変わってくるのがわかる。
私はずっと気にしてて
検索しまくって
なのに真意はわからなくて
こんなにモヤモヤした気持ちで
今ここであなたの電話を取ったのに
声だってうまく出せないくらいなのに
橘さんは
なんにも乱れてる感じがしない。
だけど
確認する勇気もない。
連絡先だってプライベートのは知らない。
「では、お疲れさまでした。失礼します!」
ただの業務依頼の電話。
仕事の話。
雑談も何もない。
わかってる。
橘さんが普段こういう風にあっさりしてること。
飲まないとじゃれてこないこと。
普段と飲みの席のキャラが違うこと。
飲み会の話を蒸し返されるのが嫌いなこと。
じゃあ、私は
記憶が残ってる私はーー
置いてきぼりなの?




