第7話
新人講習5日目。
「二十八……二十九……三十!」
最後の腕立て伏せを終え、僕はその場に倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……」
相変わらずキツい。だけど、初日とは少し違う。
身体が動く、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ。以前より長く走れるようになった。
腕立て伏せも、途中で潰れる回数が減った。そんな小さな変化が嬉しかった。
「全員立て!」
「はい!」
鬼塚教官の声に、僕は慌てて立ち上がる。
「次は受け身だ。冒険者にとって、攻撃する技術より先に覚えるべきものがある」
鬼塚教官が一人の講習生を前へ呼び出す。
「死なない技術だ」
その言葉に、訓練場が静まり返った。
「魔物に殴られた。転倒した。吹き飛ばされた。足場が崩れた。ダンジョンじゃ何が起きるか分からん」
鬼塚教官は講習生の肩を掴み、軽く身体を崩す。
次の瞬間。
「うわっ!」
投げられた講習生が地面へ転がった。
上手く受け身を取れずに痛そうにしている。
「受け身一つで生死は分かれる。今日中に身体へ叩き込め」
「はい!」
そこから何度も転がった。背中を打った。肩を打った。頭まで打ちそうになり、鬼塚教官に怒鳴られた。
「顎を引け! 首を守れ!」
「はいっ!」
何度も繰り返す、出来ない。
もう一度、また失敗する。
もう一度。
◇
「今日は終了だ」
講習生達が一斉に息を吐いた。
「ありがとうございました!」
皆が帰り始める。
僕はいつものように木剣を手に取った。
「……今日は受け身からやろう」
地面へ背中を向ける。怖い。
それでも身体を倒そうとした、その時だった。
「一ノ瀬」
「はい?」
振り返る。
鬼塚教官が立っていた。
「……何でしょうか」
「構えろ」
「え?」
「聞こえなかったか」
鬼塚教官は壁に立て掛けてあった木剣を一本手に取る。
「構えろと言った」
「は、はい!」
慌てて木剣を握る。
教わった通りに足を開き、腰を落とす。
鬼塚教官は何も言わず僕を見つめた。
「……」
「……」
緊張する。
やがて、鬼塚教官が口を開いた。
「右足が開きすぎだ」
「え?」
「腰も高い。握りも強すぎる」
次々と指摘される。
「それじゃ剣に振り回されるだけだ」
「す、すみません」
「謝るな。直せ」
「はい!」
姿勢を修正する。
「違う!」
「ッ」
「そうじゃない!」
「うぐっ」
何度直しても注意される。
それでも鬼塚教官は帰らなかった。
「一ノ瀬」
「……はい」
「お前、毎日残ってるな」
手が止まった。
「……はい」
「何故だ」
少し考える。
でも、答えは最初から決まっていた。
「強くなりたいからです」
「そんな奴はいくらでもいる」
「……」
「冒険者になりたい奴も、強くなりたい奴も、ここには掃いて捨てるほどいる」
鬼塚教官は僕を真っ直ぐ見る。
「お前はそいつらより弱い」
胸に刺さった。
「体力もない。筋力もない。動きも鈍い。今のお前がダンジョンに入れば、真っ先に死ぬ」
「……はい」
否定できなかった。
「それでもやるのか」
「やります」
即答した。鬼塚教官の眉が僅かに動く。
「何年かかるか分からんぞ」
「はい」
「同年代の奴らに置いていかれる」
「……はい」
「才能がないと言われる」
木剣を握る手に力が入った。
「それでも、やります」
鬼塚教官は数秒、黙っていた。
「そうか」
それだけ言うと、僕の前へ立つ。
鬼塚教官の険しい顔が心なしか綻んでいるように見えた。
「なら、まずその握り方から直せ」
「え?」
「力を抜け。剣は握り潰すもんじゃない」
僕の手を木剣から一度離させる。
「小指と薬指を中心に握れ。肩に力を入れるな」
「はい」
「振ってみろ」
言われた通りに振る。
さっきまでより、少しだけ木剣が軽く感じた。
「……あ」
「もう一回」
「はい!」
振る。
「もう一回」
「はい!」
何度も。何度も。
気がつけば、外から差し込んでいた陽は大きく傾いていた。
その日からだった。
新人講習が終わった後、鬼塚教官は僕に特訓を施してくれるようになったのは。




