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第7話


 新人講習5日目。


「二十八……二十九……三十!」


 最後の腕立て伏せを終え、僕はその場に倒れ込んだ。


「はぁ……はぁ……」


 相変わらずキツい。だけど、初日とは少し違う。

 身体が動く、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ。以前より長く走れるようになった。

腕立て伏せも、途中で潰れる回数が減った。そんな小さな変化が嬉しかった。


「全員立て!」

「はい!」


 鬼塚教官の声に、僕は慌てて立ち上がる。


「次は受け身だ。冒険者にとって、攻撃する技術より先に覚えるべきものがある」


 鬼塚教官が一人の講習生を前へ呼び出す。


「死なない技術だ」


 その言葉に、訓練場が静まり返った。


「魔物に殴られた。転倒した。吹き飛ばされた。足場が崩れた。ダンジョンじゃ何が起きるか分からん」


 鬼塚教官は講習生の肩を掴み、軽く身体を崩す。

 次の瞬間。


「うわっ!」


 投げられた講習生が地面へ転がった。

 上手く受け身を取れずに痛そうにしている。


「受け身一つで生死は分かれる。今日中に身体へ叩き込め」

「はい!」


 そこから何度も転がった。背中を打った。肩を打った。頭まで打ちそうになり、鬼塚教官に怒鳴られた。


「顎を引け! 首を守れ!」

「はいっ!」


 何度も繰り返す、出来ない。

 もう一度、また失敗する。

 もう一度。



「今日は終了だ」


 講習生達が一斉に息を吐いた。


「ありがとうございました!」


 皆が帰り始める。

 僕はいつものように木剣を手に取った。


「……今日は受け身からやろう」


 地面へ背中を向ける。怖い。

 それでも身体を倒そうとした、その時だった。


「一ノ瀬」

「はい?」


 振り返る。

 鬼塚教官が立っていた。


「……何でしょうか」

「構えろ」

「え?」

「聞こえなかったか」


 鬼塚教官は壁に立て掛けてあった木剣を一本手に取る。


「構えろと言った」

「は、はい!」


 慌てて木剣を握る。

 教わった通りに足を開き、腰を落とす。

 鬼塚教官は何も言わず僕を見つめた。


「……」

「……」


 緊張する。

 やがて、鬼塚教官が口を開いた。


「右足が開きすぎだ」

「え?」

「腰も高い。握りも強すぎる」


 次々と指摘される。


「それじゃ剣に振り回されるだけだ」

「す、すみません」

「謝るな。直せ」

「はい!」


 姿勢を修正する。


「違う!」

「ッ」

「そうじゃない!」

「うぐっ」


 何度直しても注意される。

 それでも鬼塚教官は帰らなかった。


「一ノ瀬」

「……はい」

「お前、毎日残ってるな」


 手が止まった。


「……はい」

「何故だ」


 少し考える。

 でも、答えは最初から決まっていた。


「強くなりたいからです」

「そんな奴はいくらでもいる」

「……」

「冒険者になりたい奴も、強くなりたい奴も、ここには掃いて捨てるほどいる」


 鬼塚教官は僕を真っ直ぐ見る。


「お前はそいつらより弱い」


 胸に刺さった。


「体力もない。筋力もない。動きも鈍い。今のお前がダンジョンに入れば、真っ先に死ぬ」

「……はい」


 否定できなかった。


「それでもやるのか」

「やります」


 即答した。鬼塚教官の眉が僅かに動く。


「何年かかるか分からんぞ」

「はい」

「同年代の奴らに置いていかれる」

「……はい」

「才能がないと言われる」


 木剣を握る手に力が入った。


「それでも、やります」


 鬼塚教官は数秒、黙っていた。


「そうか」


 それだけ言うと、僕の前へ立つ。

 鬼塚教官の険しい顔が心なしか綻んでいるように見えた。


「なら、まずその握り方から直せ」

「え?」

「力を抜け。剣は握り潰すもんじゃない」


 僕の手を木剣から一度離させる。


「小指と薬指を中心に握れ。肩に力を入れるな」

「はい」

「振ってみろ」


 言われた通りに振る。

 さっきまでより、少しだけ木剣が軽く感じた。


「……あ」

「もう一回」

「はい!」


 振る。


「もう一回」

「はい!」


 何度も。何度も。

 気がつけば、外から差し込んでいた陽は大きく傾いていた。

 その日からだった。

 新人講習が終わった後、鬼塚教官は僕に特訓を施してくれるようになったのは。




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